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背中から保憲が覆い被さってくる気配……耳元に唇を落とされて吐息を洩らす。
唇にゆるく入り込んでくる指を軽く咥えた。戯れるように動くそれを舌先で擽ってやる。
くすりと笑う声がして耳朶を軽く食まれた。濡れた舌で耳の輪郭をなぞられて身の内にぞくりと波が立つ。
もう一度抱く気なのか……今は何時(なんとき)だろう。
ぎりぎりまで肌を合わせているのは嫌だといつも言うのに。
「晴明?」
保憲の低い声が心地いい。迎えようと、うつ伏せていた身体を横にしかけた。
途端。
「―――ッ!」
「てててててえッ!」
保憲の悲鳴が上がった。
「……つぅ……」
立てた肘の間に頭を落として、晴明は背中に走った激痛を堪えた。同時に記憶が甦る。
「ひでえ……思い切り噛んだな」
くっきりと歯形の付いた人差し指を振りながら保憲が抗議する。
「……酷いのはそちらでしょう。怪我人相手にあなたは」
晴明が肩越しに睨み付けた。
「言いがかりつけるなよ。気分出してたのはお前の方だぞ」
言われてむっと押し黙った晴明が保憲と反対の方に顔を向けた。
その身体が褥(しとね)に再び沈み込む。
「まあ、お前がここまでやられてる姿ってのも滅多に拝めないな」
笑いを含んだ保憲の声。
「油断したか?」
首筋を撫で上げた指が晴明の目尻のほくろに触れる。
「……それとも誰ぞを庇ったか?」
顔を一振りして晴明が保憲の指を払った。
痛みに眉を顰めながらゆっくりと身を起こす。
見回せば横たわっていたのは狭い天幕の中……燭台の灯心が揺れている。
敷かれた毛皮の上に座りなおして、裸の背中に掛けられていた単(ひとえ)が滑るのを肩口で押さえた。
「酒呑に陰陽師がついていました。ぬかった……やつの周囲に式使いの気配は無かったのに」
忌々しげに晴明が言う。
「あるいは気取らせぬほどの力の持ち主かな」
さらりと返す保憲に晴明が厳しい視線を投げた。
「盗賊どもを片づけた後に、これが落ちていた」
目の前に保憲の掌が差し出される……そこに乗っているのは小さな布切れ。
晴明の眼差しがすっと冷える。
元は白かったのであろう薄汚れた布に書かれた、縦に四本、横に五本の線。
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