第3章

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「……九字、ですか」 熱の無い青い火をぽっと上げて掌の布が燃える。保憲がそれを握り潰した。 「久々に面白くなりそうだな」 どこか浮き浮きした調子の保憲を横目で見て、晴明がひとつ溜め息を落とす。 「大体、どうしてあなたがここに居るんです?」 「お前に会いたくて」 にやりと笑って保憲が返す。 口を開きかけた晴明だが、唇から零れたのは言おうとしていたのとは別の言葉。 言いたくない事はどれほど問い詰めても決して言わない男だ。 「今、何時です?私はどれくらい気を失っていたんですか」 「戌の刻(十九時頃)に入った。お前が寝てたのはほんの一時(いっとき)ばかりさ」 「……何もしなかったでしょうね」 保憲の表情を伺うように晴明が尋ねる。その視線をかわして保憲がそっぽを向いた。 「何もって何だよ?良くわかりませーん」 「……」 胡乱気な眼差しを向ける晴明を無視して、保憲は懐から取り出した薬草を小さな鉢で磨り潰し始めた。 「もう一度薬草を貼りなおすから、脱げ」 促されて、晴明が肩にかけていた単を落とす。滑らかな背中を横切る刃傷が灯りに照らし出された。 傷に貼られた薬草……半分乾きかけたそれを保憲が手早く剥いでいく。 「もうほとんど塞がってる。少々動いても出血はしないだろう」 俯いていた晴明の表情が僅かに動く。自分だけの力ではこれほど早く回復は出来ない。 「……保憲殿、す」 みません、と続けようとした言葉が途切れたのは──背後からぬらりと傷に舌を這わされて。 晴明が眉を顰める。 「……保憲、どの」 「直接触れるのが一番効くって、分かってるだろう」 咎める調子の声に構わず、保憲が舐めた端から潰した薬草を貼り付けていく。 「―――!」 肩にかかっていた保憲の手が、脇を通って前に回る。指がゆっくりと胸に這い上がった。 「……感じるか?」 含み笑いの声が後ろから耳朶を擽る。 「悪ふざけはお止めください」 晴明が胸を擽る保憲の指を遮った。 「何を他人行儀なことを」 いっそう進んでくる指に、晴明が本気で抗う。 「他人、でしょーがっ!」 答える代わりにくすりと笑いが漏れて、耳の後ろに唇が捺された。 「お前のヨワイところ、覚えてるぞ?」 「やめ……」
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