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「……九字、ですか」
熱の無い青い火をぽっと上げて掌の布が燃える。保憲がそれを握り潰した。
「久々に面白くなりそうだな」
どこか浮き浮きした調子の保憲を横目で見て、晴明がひとつ溜め息を落とす。
「大体、どうしてあなたがここに居るんです?」
「お前に会いたくて」
にやりと笑って保憲が返す。
口を開きかけた晴明だが、唇から零れたのは言おうとしていたのとは別の言葉。
言いたくない事はどれほど問い詰めても決して言わない男だ。
「今、何時です?私はどれくらい気を失っていたんですか」
「戌の刻(十九時頃)に入った。お前が寝てたのはほんの一時(いっとき)ばかりさ」
「……何もしなかったでしょうね」
保憲の表情を伺うように晴明が尋ねる。その視線をかわして保憲がそっぽを向いた。
「何もって何だよ?良くわかりませーん」
「……」
胡乱気な眼差しを向ける晴明を無視して、保憲は懐から取り出した薬草を小さな鉢で磨り潰し始めた。
「もう一度薬草を貼りなおすから、脱げ」
促されて、晴明が肩にかけていた単を落とす。滑らかな背中を横切る刃傷が灯りに照らし出された。
傷に貼られた薬草……半分乾きかけたそれを保憲が手早く剥いでいく。
「もうほとんど塞がってる。少々動いても出血はしないだろう」
俯いていた晴明の表情が僅かに動く。自分だけの力ではこれほど早く回復は出来ない。
「……保憲殿、す」
みません、と続けようとした言葉が途切れたのは──背後からぬらりと傷に舌を這わされて。
晴明が眉を顰める。
「……保憲、どの」
「直接触れるのが一番効くって、分かってるだろう」
咎める調子の声に構わず、保憲が舐めた端から潰した薬草を貼り付けていく。
「―――!」
肩にかかっていた保憲の手が、脇を通って前に回る。指がゆっくりと胸に這い上がった。
「……感じるか?」
含み笑いの声が後ろから耳朶を擽る。
「悪ふざけはお止めください」
晴明が胸を擽る保憲の指を遮った。
「何を他人行儀なことを」
いっそう進んでくる指に、晴明が本気で抗う。
「他人、でしょーがっ!」
答える代わりにくすりと笑いが漏れて、耳の後ろに唇が捺された。
「お前のヨワイところ、覚えてるぞ?」
「やめ……」
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