第3章

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ことりと音がして。 晴明がはっと天幕の入り口を見透かす。 「遠慮は要らない。入ってくるといい」 うなじに唇を落としたまま保憲が言う。晴明が慌てて身を振りほどいた。 おずおずと垂れ幕を上げて入ってきたのは博雅。あられもない格好の晴明に目を見張る。 常になく上気したその目元から視線を逸らした。 「何か御用か?」 晴明の背中に薬草を貼り付ける作業に戻った保憲が、振り向きもせずに問う。 「これからの事をご相談するのに来て頂けないかと、頼光殿が……」 「中将ともあろうお方が走り使いですか」 揶揄する響きに少し顔を赤らめた博雅が、しかしきっぱりと答える。 「晴明の傷が気になったものですから」 その声音に保憲が博雅を振り仰いだ。 真っ直ぐに見つめてくる淡い色の瞳。 無言で視線を逸らした保憲が晴明の上半身にさらしを巻いた。 「ほらよ、終いだ」 ぽんと軽く背中を叩いて立ち上がる。 「評定に来て頂けますか?」 博雅が重ねて問うた。 「しょうがねえなぁ……」 不承々々といった顔で保憲が答える。 「私も行きます」 単を着て括袴を履いた晴明が立ち上がる。狩衣を着るのに博雅が手を貸した。 「動いてもいいのか」 「もう大丈夫……心配かけたな」 先刻よりは格段に良くなった顔色に博雅がほっと吐息をついた。 「そうか。良かった」 言いながら狩衣の首の蜻蛉(とんぼ)を受緒に通してやる。 すまん、と晴明が眼差しで言うのに、博雅が微笑を返した。 「痛覚を断つか?針はあるぞ」 何気ない保憲の言葉が、痛みはまだあるのだと博雅に気づかせる。 不安に揺れた瞳に晴明が宥めるような笑みを向けた。 「いえ、我慢できないほどではない。感覚を鈍らせる方が今は危険です」 「ま……そうだな」 保憲が横目で博雅を一瞥した。
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