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朱雀大路の上に細い月がかかる。
星のない夜……真の闇のみが都を包んでいるはずのこの時刻。
連なる屋根の向こうを見透かせば、ところどころに、ぽうと微かな灯かりが揺れるのは。誰ぞが 心もとなさに燈した灯かりなのか……それともそうではない別のものなのか。
闇の中でこそりと動くのは、鼠か犬か。あるいは動くはずの無い何かなのか。
静まり返っているはずの夜の裏側には、絶え間なく蠢いているモノたちがいる。――それが夜の都の素顔だ。
どこか遠くで悲鳴が尾をひいた。
人のものとも、そうでないともつかぬその声が、断ち切られたようにぱたりと止む。
と、闇の中に満ちていた声の無いざわめきが、はたりと途絶えた。
入れ替わるように聞こえてきたのは紛れもない生きた人間のたてる音。慌しく走る足音。具足の触れ合う音。ふいごのような呼吸音。
二十人近くの男達が暗い小路から飛び出してくる。
手に高価そうな具物を握った者、剥ぎ取ったのだろう衣を抱えた者、肩に女を担いだ者。その全てが血に染まった抜き身の刀を下げていた。
「見てくれ、俺の持ってきたこの飾り物を」
血に染まった手で一人の男が懐から宝物を出す。
「俺は刀だ。高く売れる」
野卑な声で口々に言い合う盗賊達を、一人の男が制した。
「自慢話は帰ってからだ。行くぞ」
指図するに慣れた声。荒くれた男どもが大人しく従って朱雀大路を走り出す。
――酒呑(しゅてん)……。
いつものように羅城門を抜けようとした時。ふと呼び止められた気がして男が立ち止まった。
見回したが周囲に自分を呼ぶものはいない。
「お頭?」
手下の一人が怪訝そうな顔で振り返る。応、と答えて走り出そうとした時。再び声なき声が響いた。
――酒呑……。
見上げれば、頭上には黒々と闇を呑み込んだ楼閣が聳えていた。
「聞かれたか、近頃都を荒らす盗賊の話」
「聞いたとも。首魁は酒呑童子と名乗っているそうな」
大内裏で噂に上る頃は、酒呑童子と呼ばれる男を首領とした一味の荒らし方はいっそう酷くなっ ていた。
「十日ほど前、都の南にあった盗賊の住処をつきとめて左衛門府の者が急襲したそうな」
「ほうそれで」
「ところが既にもぬけのから。そんな事がもう三度ほど」
役に立たぬ武官どもよ、と忌々しげな声が上がる。
「いったい近頃の盗賊どもの暴れようは、いかにしたもの」
別の貴族が声を落とす。
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