第3章

8/10
前へ
/39ページ
次へ
山中の少し開けた場所に張られた本陣。周りには明々と篝火が焚かれている。 あちらこちらに立っている物見の衛士に軽く会釈をしながら、博雅が歩いていく。 衛士達の目が一様に大きく開くのは、背後を歩む美女のせいだ。 さすがに博雅の前で野卑な声をかける者は居なかったが、時折好色な視線が投げられるのは感じざるを得なかった。 「……晴明」 「分かってる」 物言いたげな博雅の眼差しを受けて、吐息をついた晴明がくるりと振り返る。 「保憲殿、いったん式を還して下さいませんか」 「やだね」 あっさりと言われて博雅がむっとした顔になる。開こうとした口を目で制した晴明が、代わって言葉を継いだ。 「分かってるでしょう?この場に女性(にょしょう)はまずいですよ」 「なんで。俺は別に気にしない。こいつらも気にしないぜ」 「あなた達が気にしなくても周りが気にするんです。揉め事は困ります」 「何を役人みたいな事を」 鼻で笑った保憲が笙絲のむきだしの肩に手をかけて引き寄せた。 あああっと声のないどよめきが周囲から上がる。 と、笙絲が無表情のまま指で保憲の手の甲を摘んだ。塵でも払い落とすかのような仕草で自分の肩から払いのける。ひでぇ、と傷ついた顔をする保憲に博雅がぷっと吹き出した。 晴明が顔を顰める。 「役人なんです、私たちは。お忘れかもしれないですが」 「忘れてたな」 ここで待てと面倒くさそうに式に言い置いて、保憲が本陣へと向かう。 「彼女達に何かあってからでは遅いのですよ!」 博雅の声に二人の陰陽師が振り返った。 「何か……って、何が?」 保憲が博雅を見たまま晴明に問いかける。 「何がって……ナニでしょう」 晴明も博雅を見たまま答えた。 「式の心配をしてんのか、あいつは?衛士のほうじゃなく?」 「……そういうやつなんです」 こそこそと囁きあいながら陰陽師達が背を向ける。 「おい、待て……晴明!保憲殿!」 置いていかれた美女と去って行く陰陽師を交互に見ながら、博雅が途方にくれた顔になる。 「何かあったら大声を出しなさい。すぐに来るから」 言い置いて二人の後を追いかけた。 途中行き会った何人かの武官に、彼女たちには絶対手を出さないよう言って聞かせる。 「……変わった男だ」 あたふたと去って行く博雅の背を見送りながら、笙絲がぽつりと呟いた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加