20人が本棚に入れています
本棚に追加
山中の少し開けた場所に張られた本陣。周りには明々と篝火が焚かれている。
あちらこちらに立っている物見の衛士に軽く会釈をしながら、博雅が歩いていく。
衛士達の目が一様に大きく開くのは、背後を歩む美女のせいだ。
さすがに博雅の前で野卑な声をかける者は居なかったが、時折好色な視線が投げられるのは感じざるを得なかった。
「……晴明」
「分かってる」
物言いたげな博雅の眼差しを受けて、吐息をついた晴明がくるりと振り返る。
「保憲殿、いったん式を還して下さいませんか」
「やだね」
あっさりと言われて博雅がむっとした顔になる。開こうとした口を目で制した晴明が、代わって言葉を継いだ。
「分かってるでしょう?この場に女性(にょしょう)はまずいですよ」
「なんで。俺は別に気にしない。こいつらも気にしないぜ」
「あなた達が気にしなくても周りが気にするんです。揉め事は困ります」
「何を役人みたいな事を」
鼻で笑った保憲が笙絲のむきだしの肩に手をかけて引き寄せた。
あああっと声のないどよめきが周囲から上がる。
と、笙絲が無表情のまま指で保憲の手の甲を摘んだ。塵でも払い落とすかのような仕草で自分の肩から払いのける。ひでぇ、と傷ついた顔をする保憲に博雅がぷっと吹き出した。
晴明が顔を顰める。
「役人なんです、私たちは。お忘れかもしれないですが」
「忘れてたな」
ここで待てと面倒くさそうに式に言い置いて、保憲が本陣へと向かう。
「彼女達に何かあってからでは遅いのですよ!」
博雅の声に二人の陰陽師が振り返った。
「何か……って、何が?」
保憲が博雅を見たまま晴明に問いかける。
「何がって……ナニでしょう」
晴明も博雅を見たまま答えた。
「式の心配をしてんのか、あいつは?衛士のほうじゃなく?」
「……そういうやつなんです」
こそこそと囁きあいながら陰陽師達が背を向ける。
「おい、待て……晴明!保憲殿!」
置いていかれた美女と去って行く陰陽師を交互に見ながら、博雅が途方にくれた顔になる。
「何かあったら大声を出しなさい。すぐに来るから」
言い置いて二人の後を追いかけた。
途中行き会った何人かの武官に、彼女たちには絶対手を出さないよう言って聞かせる。
「……変わった男だ」
あたふたと去って行く博雅の背を見送りながら、笙絲がぽつりと呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!