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その夜更け。
真夜中の山道を山伏の一行が歩いている。
道なき道……月は天高く晧晧と照ってはいるが、生い茂った梢に遮られて足元は覚束ない。
「……しかしこれって、飛んで火にいるなんとやらじゃないですか?見え見えですよね」
山伏に扮した一人―――渡辺綱(わたなべのつな)が言う。
「囮だからな。見え見えでいいんだよ」
やや息が上がっている、こちらは頼光だ。
「しかしいくら囮だと言ってもたったの五人……しかも一人は例の近衛府の」
ちらと後ろを歩く博雅を見る。
「悪いお方じゃない。そう言うな」
頼光が宥めるように言う。
「いざ真剣勝負!となったら役に立つんすか。笛の腕がいくら良くってもねぇ」
あくまで綱は疑わしげだ。
「剣の腕も確かだよ、俺が保障する。それにいくら主上の勅命とは言え、囮だと知った上でついて来る度胸もたいしたものだ」
そりゃまぁそうですけど、と。指名されて半ば強制的に囮役となった綱が呟く。
「俺達は屋敷の後ろに本隊が到着するまで、とりあえず注意を引きつけてればいいだけさ」
「ばればれじゃないですか?あんな大軍で動けば」
綱が情けない声を出す。
「本隊の方は保憲殿と晴明殿が隠行の術をかけてくれている。例の式とやらもついているし」
式、と聞いて綱の表情が変わる。
「あーあ、俺もあっちに混ざりたかったっす。カワイイですよねぇ、彼女達……こっちときたら色気も何も」
グチグチと続く綱の言葉に、ついに頼光の額に青筋が浮かんだ。
「お前それでも四天王と謳われた武官かッ」
「でっ」
そんなに思い切り殴らなくても……といきなり頭をぼかりとやられた綱が涙目になった。
「お前は、大体武官をなんと心得ておる。そもそも衛門府というのはだ……」
……また始まったよ。頼光殿のお説教。
自ら招いた事とは言え、道中みっちりとタコ耳のお説教を食らう羽目になった綱だった。
一方屋敷の裏手からじわじわと山腹を登って行く大軍の中に、ひときわ目立つ人影があった。言うまでもなく雁摩と笙絲だ。
闇を全く気にもせずに、軽やかに歩いていた雁摩がふと目を上げる。
「……太陰か」
―――後ろが遅れている。
ふわりと髪を揺らす風に笙絲が頷いた。
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