第5章

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矢のように飛んできた影がふわりと速度を落とした。 形を変えて舞い上がり梢に止まったそれは、鴉。嘴には黒蝶が咥えられている。 バキバキとまるで骨を割るような音をさせて鴉が蝶を噛み砕いた。白い靄の中、黒い燐粉がほろほろと煌いて散る。 「晴明」 構えようとした博雅の刀を晴明が制した。 『息災であったか、晴明』 鴉の嘴から出たのは軋むような男の声。博雅が目を見開く。 「道満……何のつもりだ」 鴉を見据えて晴明が静かに問う。 『なに、しばらくご無沙汰していたのでな……ただの挨拶よ。気に入ってくれたか』 「お主、酒呑に何をした?」 『面白かったろう?そなたの気に入る趣向を考えるのに苦労した……苦労したぞ』 ざわざわと木立が揺れる。靄が渦巻く中、鴉は微動だにせず晴明を見つめている。 「……晴明」 「しっ!」 鴉がゆっくりと首を巡らす。 『そこにおるのは誰だ?……式使いでは、ないな』 「酒呑に何をしたのだ?答えろ、道満!」 晴明が声を張り上げた。 『ただの、ヒトか……ただのヒトが、なぜここに居る?』 晴明の問いには答えず、呟きのように声が洩れる。――低い声に微かに滲む苛立ち。 うっそりと鴉が羽を広げた。 『なぜここに居るのだッ!』 怒声と同時に。 ばきばきと音を立てて鴉の周囲の木の枝が折れていく。目に見えない巨人の手で倒されてでもいるかのように、めきりと大木の幹が裂ける。 「博雅っ」 明らかに博雅を狙って次々に大木が倒れこんでくる。 晴明が博雅の手を引いて駆け出した。風を切って飛んで来る枝が顔や手を打つ。 生温いものが頬に伝うのを感じたが、それを拭う暇もない。印を結ぶ余裕もなく逃げ惑うのが精一杯。 「ぐッ」 人の腕ほどもある太い枝に背中を打たれて、博雅が前にのめった。 「博雅ッ!」 倒れこむ博雅を晴明が引き寄せた。胸に抱きこんで屈み込む。その背を掠めた枝が、ざくりと地面に突き刺さった。 ざん!ざく!と音を立てて、次々と周囲に枝が突き立っていく。 と、不意に空気が変わる。しじまが辺りをつつんだ。 ――なぜ、そんな者を、庇う。 流れてくる声に二人が顔を上げる。
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