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「晴明」
歩み出てきた博雅に晴明が振り返る。物言いたげな鳶色の瞳に晴明が眉を寄せた。
「なんだ?」
「……なんだかお主らしくない」
何が、と目で聞いてくる晴明から博雅が視線を逸らす。
「あんな風に人の命を奪うやり方は……嫌だ」
晴明の目がすっと細まる。
「お主達はそれが目的で来ているのだろう」
感情のない声で言われて博雅が顔を上げる。
「人を殺すために」
表情のない晴明の顔。
「それは―――そうだが」
博雅が唇を噛む。
しばらく無言で見つめあった。
「……後はお主達、武官の仕事だ」
そう言って晴明が背を向ける。その背中を博雅が見送った。
歩きながら晴明がそっと印を結んで神将を呼び出す。
「……六合(りくごう)」
ふわりと風がそよぐ。くすりと笑う女の声。
―――あるじよ。なんぞ用か。
「博雅の身を守れ」
―――御意。
すいと式が離れて行く気配。晴明が木立の奥に消えようとした、―――その、時。
―――あるじッ!
六合のうろたえた叫びと同時に。
どくり、と。
冷たいものが晴明の身体の中を走った。
遅れて激痛が胸を食む。目の前が真っ暗になった。
「……ッ!」
狩衣の胸を鷲掴みにして晴明が前のめりになる。
「晴明ッ!」
走り寄った博雅がその肩を掴む。膝をついて崩れる身体を抱きとめた。
「晴明!どうした?晴明っ!」
瞼を固く閉じた晴明の額を冷たい汗が伝う。博雅の肩を掴んだ指の関節が白くなった。
胸が押しつぶされたように重く息が出来ない。喉がひゅうと鳴って、色を失った唇が震えた。
―――息をしていない?!
気づいた博雅が眦(まなじり)を決する。
立てた膝に晴明の顎を掴んで仰のかせると、噛み締められた唇を指で割る。
そのまま唇を重ねて大きく息を吹き込んだ。それを二度三度と繰り返す。
ひゅ、と晴明の大きく胸が動いて、咳き込むように浅く呼吸が繰り返された。その瞼がうっそりと開く。
ほっと博雅が息をついたのもつかの間。
「……式、を」
「なに?」
返された、と。晴明の言葉に博雅の顔が青ざめる。
何度か息を吸い込んで、晴明がようよう息を整える。
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