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「まずい……これは、罠だ。すぐこの場を、離れなければ……」
危ない、と言い終えるまもなく。
叫び声が上がった。
「敵襲だあぁっ!」
鬨(とき)の声があがって陣幕の方向が騒がしくなる。
博雅がはっと顔を上げた。
「行け」
その肩をぐいと掴んで引き離した晴明が言う。
「……しかし」
「俺はもう大丈夫だ」
晴明が色のない顔でそれでも立ち上がる。
「いいから、行け……俺もすぐに行く」
「……分かった」
もう一度視線を合わせて、博雅が身を翻す。
その背に六合がぴたりと付いているのを確認して晴明は再び印を結んだ。
「大陰(だいおん)!」
応、と。疾風と共に、長い銀の髪、銀の甲冑を着けた戦士が具現する。
「朱雀!」
ちり、と鈴の鳴るような音がして空間に蛍火が燈った。と見る間に煌々と燃え上がる。
冷たい汗が晴明の背中を伝う。心の臓がずきりと痛んだ。
今の状態では神将クラスの式を使うのは、これが限度だった。
「太陰、行って皆を守れ。朱雀、近くに式使いが居る。探して来い……絶対に手は出すな」
二体の式が命に応じて姿を消す。
がくりと地面に膝をついて、晴明は荒く息を吐いた。
神将ならば、いちいち命令せずともある程度は各自の判断で行動できる。
が、呼び出された式は晴明の『力』を喰う。神将三体ともなれば今はかなりの負担だった。
焦燥が痛みとなっていっそう胸を食む。
ほんの二、三日前に酒呑童子の屋敷を式に探らせた時は、式使いの気配など微塵も無かった。
まさか自分が裏をかかれるとは思っても見なかった。ただの野盗などではない。裏で糸を引く何者かが居る。
式を返した手口から見て、それはかなりの力を持つ陰陽師だ。
今この都で、自分に拮抗できる人物……それは限られている。
ひときわ大きい叫びが陣の方向で上がって晴明は顔を上げた。ともかく今はこの場をしのぐ事が先決だった。
駆け出した晴明の前にばらばらと盗賊らしき男たちが走り出てくる。
切り込まれてくる刃先をかわして、首筋にあるいは鳩尾に手刀を叩き込んだ。
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