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「ありがとう。切り分けてくるね」
事務所を出てバスルームの隣のキッチンに向かう。二人掛のテーブルがギリギリ置ける広さだ。そこでミルクレープを切り分ける。
大好物だから私一人でもワンホール余裕で完食出来そうだ。
鼻歌を歌いながら戻ると、すでにコーヒーがテーブルに置かれていた。この男はその辺の女より余程気が利くかもしれない。
ソファに座って、早速一口食べる。
「んー!美味しい!」
頬っぺを押さえながら美味さに震えている私を見て満足そうに微笑んでいる。
「美咲の何でも美味しそうに食べるところいいよね」
「人間の三大欲の一つだからね。
他の二つは満たされてないけど……」
「性欲満たすのなら協力できるけど?」
意外な一言にドキッとして顔を上げると、冗談ぽく笑っていてほっとした。
彼から性的な事を匂わせる発言はあまり聞いた事がなくて少し焦って大袈裟に不機嫌そうに言った。
「編集長みたいな事言わないで。
彼女いるくせに。それに桐谷とは冗談でもそういう関係になりたくない」
私がそう言わせる流れを作ってしまったからいけなかった。
男女間の友情は成立しないと良く言われるけど彼との関係は友情に近いと思っている。
疲れた脳に糖分補給出来て仕事の意欲も湧いてきた。仕事に集中出来て、落ち込んでいた原因の失態もいつしか忘れていた。
彼の仕事は柔軟かつ的確でかなり捗って、これで幾らか気持ちに余裕が出来て安堵した。
きりの良いところで気になっていた疑問をぶつけてみる。
「自分の仕事もあるのに、何で手伝いに来てくれたの?」
「実は、編集長に言われて」
「えっ?編集長が……何で?」
編集長がそんな気を使うなんて、一体どういう風の吹き回し?絶対に何か裏かある。
「斉藤先生と何かあった?」
「ゲホッ」
いきなり出たその名前に動揺してコーヒーが口から溢れた。
“何か”とはどの事を指しているのか……心当たりがありすぎる。
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