148人が本棚に入れています
本棚に追加
小刻みに振動する電子音で目を開けると、雑然としたデスクの上が同じ目線で飛び込んできた。
どうやら仕事の途中で寝てしまったらしい。
目を擦りながらスマホを見ると、着信画面には“斉藤先生”の文字。
心臓がドクンと波打つ。
寝起きの声にならないように咳払いをして整えてから電話に出た。
「はい、北原です。
先生、調子はいかがですか?」
『今日こっちに来る?』
落ち着いた優しい声が直に耳に響く。
斉藤先生は私が尊敬する小説家。彼の担当編集者になって半年余りが過ぎた。
多少会話が噛み合っていない気がするが、先生はいつも一方的に言いたい事だけ言って切ってしまうので気にしない。
「はい。お探しの本が見付かりましたので、お届けに上がります」
先生が資料として欲しいと言っていた本を先日古書店でやっと見つけた。デスクの上にあるその分厚い本を手に取り、意味もなくパラパラとめくると小さな風が起こって前髪を微かに揺らした。
『その時にまたお願い出来る?』
「……アレ、ですね?
わかりました。では後ほど」
電話を切って、小さく息を吐き天を仰ぐと壁掛け時計が目に入る。
「いけない!出版社との打合せに遅れちゃう」
重い腰を上げると、バスルームへ向かいながら服を一枚ずつ脱ぎ、下着まで取って全裸なる。
ここは自宅も兼ねた私の事務所。
先週バイトの人が辞めてしまって、今は私一人きりだからやりたい放題だ。
玄関を入って最初のドアが事務所にしている部屋でその向かいがバスルーム
ちなみに、一番奥のドアが私の部屋だ。
シャワーを浴び終わって、バスタオルを体に巻いたままクローゼットを開けて服を選ぶ。
先生とのアレがあるならスカートのほうが無難だろう。
打合せの時間が迫っていた。
ファンデーションと口紅だけ手早くつけて、肩まであるブラウンがかった猫っ毛の髪は簡単にまとめた。
玄関を開けると冷たい風が通りすぎて冬の足音が聞こえてきそうな気配だった。
大通りまで出て運良くすぐに捕まったタクシーに乗り込むと、行き先を告げて軽く目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!