黎明

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部屋について上着を脱ぐとテーブルに無造作に置かれた読み掛けの小説を手に取りお気に入りのチェアに身を落とす。 これは読み始めてから随分経つのだが未だ読み終えることが出来ない、まるで終わらない悪夢を見ているようだ。 夕方頃に空き部屋の郵便受けに標的の詳細を記した書類が届く。正確には“キリヤ”と呼ばれる男がこの部屋の契約者だが、その男は決してこの部屋には戻って来ない。遥か昔にそんな男はこの世から消えている。 契約金だけ一年分前払いで匿名から支払われており大家も金さえ手に入れば一々住んでいるかなど確認はしない。 以来この空き部屋はフェイクとして使用しており、クライアントも俺がその部屋とは別の所に住まうとは知るまい。 否、気付いているかも知れないが態々調べないだろう。 届いた書類や面の写った写真に目を通し、その情報から頭の中でシミュレーションを行う。 いつも通り、標的が一人になった所を高所から狙撃するだけ、余計な犠牲は出さず、余計な被害も出さず、スマートにただ唯一の骸。 決行は明後日、それだけ確認して証拠は焼却した。 翌朝、食事を取る為アパートのエレベーターを降りた所で俺を狙う気配に気づいた。手入れの成されていない叢(クサムラ)から小さき刺客が未だ俺を待ち伏せていたのだ。 何というしぶとさ、その根性は見上げるものがある。 俺はタバコを燻らせ子猫と対峙した。凛々しくも儚いその愛らしい表情を向け、目を見詰めるとまるで夢幻の中へと吸い込まれそうだ。 この世が全て夢幻ならばどれ程いいだろうか。ありもしない戯言を俺は恥じた。それは現状に不満を持っていることに他ならない。 実際そうではあるが、不満は怒りとなり、怒りは判断能力を低下し感覚を鈍らせる。それは俺に取って最も忌むべきものであり、命取りとなる。 常に冷静で冷酷であれ。 行き付けのカフェまでの道のり、その子猫は常に俺を監視するかのように後を付け店の前までやって来る。 さすがに店の中に入れるわけにはいかない、俺は子猫を蹴飛ばし距離を取ってから、するりと店の中へと入った。 もしやあの子猫、悪行を働き過ぎた俺にお天道様が遣わした本物の刺客ではないだろうか。そんな行き過ぎた妄想もすぐに俺の理性は抑制を掛ける。 なぜだかあの子猫がいると調子が狂う。疾うに衰退したはずの俺の感情の起伏にあの子猫は影響を与える。
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