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食事も終える頃、入り口を見遣ると子猫はただ只管(ヒタスラ)に訴え掛けるようにガラス扉の向こうからこちらを見続けている。
その圧力に耐えかねた俺はあと僅かな朝食のサンドイッチの中にあるベーコンを残しオーナーからミルクとタッパーを貰って店を出る。
まったく、情義を欠く俺が猫の世話とはな。
タッパーの蓋にベーコンを、容器に瓶からミルクを注ぐ。
子猫は余程お腹が空いていたのか、すぐに食い付いた。
俺はその横でタバコに火を灯す。
その子猫をよく見ると今更ながら随分と痩せ細っていることに気付き、殆(ホトン)ど何も口に出来ていなかったのだろうと思う。俺に付きまとっていたのは食物が目当てだったのか?
足元にはタッパーから食物を貪る猫、そして斟酌(シンシュク)せず紫煙を吐く男に者共は如何わしいモノでも見るかの様に視線を向け、俺は睥睨(ヘイゲイ)を以て追い返した。
「食ったら帰れ」
言葉も解りもしない子猫に投げ掛け、吸い終わったタバコを始末し立ち去る。
最も野良に帰る場所などないだろうがな。
しかし餌付けがマズかったか、子猫は益々、図々しくも俺との距離を詰め背後を付け回す事となる。
飯の種の俺がそんなに気に入ったか、それにあの程度じゃ腹も満たされないのだろう。
俺は公園の片隅で購入したキャットフードの缶を開け、そのまま無造作に地面へ置く。
俺も甘い男だ。
人間相手に同情も懇篤(コントク)なる援助も為した事のない俺が猫相手にその手を取るとはな。
顔を上げると俺は久しく見ていなかった世界の有り様を刻む。鮮やかに生い茂る草木に、澄み渡った池や噴水。
醜い裏の世界ばかり見てきた俺が見る清き表の世界。
思っていたより中々如何して悪くない。
だがここは俺の存在し得る場所ではない、必要なモノは棚へ、塵は塵箱へ、ちゃんと住み分けは果たさなければ成らない。
俺は新たな心情で再び闇夜に駆ける。
標的は小さなペントハウスの寝室で身体を休め横たわっていた。レースカーテンが掛けられているが明かりの灯った室内は薄らと内情を漏らしており、標的の位置はこちらに筒抜けだ。
先程、鼎談(テイダン)していた別な男達は既に立ち去りそこにいるのは標的ただ一人。
俺は通路を挟んだ向かいの小ビルの屋上でライフルを組み立て弾丸を込める。
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