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エレベーターを降りる時、勢い余って扉に肩をぶつけてしまった。
思ったより大きな音がしたけれど、立ち止まることなく廊下を進む。
すぐに見慣れたドアが視界に入った。
キーホルダーを取り出そうと、ポケットに手を伸ばした時。
ドアにストッパーが挟まれていて、少しだけ開いていることに気が付いた。
隙間から、室内の様子を伺う。
自分の家なのに、まるで不審者みたいだ。
微かにピアノの旋律が耳に届く。
常ならざる高揚感が、更なる悪戯心を掻き立てた。
彼は扉の隙間をそっと広げると、素早く身を滑り込ませる。
仕事鞄とケーキの箱を、玄関に置いた。
足音を忍ばせて室内に進むと、彼女の姿はベッドにあった。
サイドテーブルにはコーヒーが入ったマグカップ。
うつぶせになって、本を読んでいるらしい。
冬の光の中で、彼女の髪が琥珀色に波打っている。
その小さな頭部が不意に動いて、本から視線を上げた。
気付かれたのかと思って息を詰めたが、どうやら違うらしい。
ベッドサイドのカレンダーに、彼女の白い腕が伸びる。
その指先が、冬の日差しに細かく震えていた。
一緒に暮らす様になってしばらく経った頃、駅前の雑貨屋で彼女が見つけてきたカレンダー。
共に過ごす日々を慈しむ様に、日付が変わるとそっと一枚、彼女はそれを破っていた。
その仕草が好きだった。
そして、その行為の先にある現実を憎んだ。
気が付くと、オレはその華奢な手首を掴んでいた……
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