9人が本棚に入れています
本棚に追加
規則正しい彼の寝息に耳を傾けながら、癖のある黒髪にそっと指を差し入れる。
少し硬めの感触が、掌を愉しませる。
昨日は本当に驚かされた。
普段は穏やかな性格なのに、彼は時折、思いもよらない悪戯心を発揮した。
呑気な寝顔を見せている彼の耳を少し引っ張って、こっそりもう一度、抗議しておく。
彼と暮らす様になって、数か月。
私が彼に与えられる物は、もう何もない。
そして、何も与えないまま、私は既に欲しい物を手に入れていた。
彼の元を去らずにいるのは自責の念、あるいは、芽生え始めた本能からか。
カレンダーの薄紙の上では、赤い衣装に身を包んだ老人が微笑んでいる。
真っ白なあごひげを蓄えたその人物は、起源となった聖ニコラウスの来歴からは遠ざかって、北欧出身とされている。
私と同郷だと微笑む彼に、こちらも思わず頬が緩んだ。
その穏やかな在り方に、私は安らぎを見出している。
仕事に向かう彼を見送って、私も出掛ける用意をした。
部屋を出る時に、あのカレンダーをマンションのゴミ捨て場にそっと置き去りにする。
日差しに緩み始めた朝の空気に乗って、少し離れた商店街から漂ってくるクリスマスソング。
この島国の冬は、湿気混じりの涼風が肌に優しく感じられた。
図書館に返却する本を小脇に抱えると、私は坂道を下り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!