震える指先

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 そこから十数ページにわたって、私は主人公の視点で、見知らぬ街をあてもなく散策した。  角を曲がるたびに現れる初めての眺めが、私達の心を弾ませた。  小学校や集会所、住宅街に点在する小さな店舗。  ありふれているけれど、どれもが初めて目にする場所ばかり。  不思議な高揚感が、胸を満たす。  やがて視線の先に、見知ったケーキ屋が見えてきた。  小さな店構えだが、どこかの有名店で修業してきたというオーナーパティシエが作るスイーツは、地元住民の間で定評がある。  ついさっき開店したばかりのその店で、予約していたクリスマスケーキを受け取った。  磨き上げられたショーケースに、スーツ姿でケーキを提げた自分が映り込んでいる。  その滑稽さすら、いまの彼には好ましい。  ケーキ店を出ると、いよいよ足取りが軽くなる。  いつも通り仕事に向かう振りをして家を出たけれど、今日は有給休暇を取っていた。  息を弾ませながら、最短距離で自宅を目指す主人公。  マンションのオートロックのエントランスを通り抜けると、足早にエレベーターの前に立った。  せっかちな指先が、ボタンを三回も叩いてしまう。
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