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それにしても落ち着かない。キョロキョロと視線を泳がせた。だが、鴨川が言うようにほとんど物らしい物がない室内には、気持ちを落ち着かせてくれるような気の利いたものはなにもなかった。
「じゃ、伏見さんはカップ酒、どうぞ」
伏見の緊張に気付かない様子の鴨川がカップ酒を持ってやってきた。受け取って蓋を開ける。向かいで鴨川が缶ビールのプルトップを開けた。プシュッと軽快な音がする。伏見はコタツの上の寿司の包みを鴨川に向かって押し出した。
「あ、あの、寿司です」
「いやあ、ありがたい。開けますよ。伏見さんも腹減った、って言ってましたよね。食いましょ、食いましょ」
鴨川は喋りながら包みを開け、うおぅ! と声を上げた。
職場でもそうなのだが、鴨川は年上なのに妙に子どもっぽいところがあって、いつも伏見の心を和ませる。マイノリティを隠すために、自分をより強く、より大きく見せようとしていた伏見にとって、こうした鴨川の自然体の姿は眩しく見えた。
鴨川の生き方に憧れ、そう思う自分に驚き混乱もした。
好きになってしまっていることに気付いたのは最近だ。自覚した時には手遅れだった。もう引き返せないくらい鴨川のことを好きになっていた。
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