164人が本棚に入れています
本棚に追加
ヤツに捕まったところで腕とか脚とかもぎ取られたり、全身の血を吸われたり、最悪の場合は、まぁ、死ぬんだろうけど。
とにかくとりあえず俺に良いことなど何一つも無い。
[オ前! 喰ウ!]
「だぁぁぁ!腹減ってんのはこっちだっつーのー!!」
とにかく神社の結界に触れること。しつこくアイツにそう教わってきた。
だが何というかやはり弱小の父さんと見習いの俺の札だ。
[逃ガサナイィィッ]
「やっぱ効かねえぇー!」
バリンッ! と大きな音を立てて、最後の札たちが、一斉に破られる様子を目撃し、思わずそう叫んだ瞬間、ゴォォォっ、と激しい風を巻き起こしながら、ヤツがものすごい速さで近づいてくる。
「っ! やばっ?!」
灼けるような熱さの妖気と、息苦しさに、身の危険を感じながらも走り始めた次の瞬間。
『だから、いつも言っているでしょう?』
その言葉とともに、先ほどまでの灼けるような熱さも重たかった空気も、まるで嘘のように、一瞬にして声の持ち主によって塗り替えられる。
ひやりとした空気が身体に溜まっていた熱と、肺の中の重たかった空気をも塗り替えていく。
ふわ、と周囲に広がったほんの少しの甘さを含んだ木蓮の香りも、この空気も、どれもこれも、とてもよく知っている。
この声の持ち主を、俺は生まれる前から、ずっと、知っている。
彼の名は ――
「往魔が時の交差点には注意しないとイケませんよ、坊ちゃん」
「………鵺」
「とりあえず、お説教は後でたっぷりとしますから。しっかりと掴まっていてください」
ニッコリ、と、俺が『鵺』と名前を呼んだ者が笑顔を浮かべるが、端正な笑顔すぎて、妖怪と対峙したものとは違う意味で、つぅと冷や汗が背を流れる。
けれど、妖かしの空気にあてられたせいで体力を大いに消耗した俺は今、鵺に掴まったままで、まともには動けないでいる。
「坊ちゃんに手を出そうなんて、100万年早いんですよ。この雑魚妖怪が」
ゾク、と背に走る寒気は、先ほどの妖怪に感じたものとは、比べものにならない。
俺を抱えた手は、いつもと変わらない。
けれど、放たれた言葉と、ぐったりとした俺をちらりと見た鵺の切れ長な目には、まったくと言っていいほどに、温度が感じられない。
そして、冷徹な表情と声を向けられた妖怪が、ビクッと大きく体を揺らした。
最初のコメントを投稿しよう!