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神社の境内の
とあるお池に
鯉に交じって小さな金魚が泳いでおりました
「おや、可愛い金魚だこと」
神社の奥にある古い旅館の女将である絹江が、
一目でいたくお気に入りになられたようで
風呂敷筒を抱えたまま暫く眺めておりました
「宮司さん、牡丹餅を持って参りましたよ」
とば口の板場に腰を掛け
薄紫の江戸小紋に白い椿の帯を締めた後ろ姿の抜き襟から見える白いうなじは、
なんとも惚れ惚れと眺めていたくなる美しさでございます
「絹江姉さん、いつもありがとうございます」
社務所から笑顔で絹江の所までやって来た宮司に
「ところで、表のお池の金魚に今まで気付きませんでした、可愛いねぇ」
表の池に指を揃た手をやって、
ゆっくりと後ろの宮司を振り返りました
「あの金魚は、つい先日、巫女に神楽を舞ってくれと願いに参られた武士の出のお方がお礼にと、なんでもね、養殖しているとかでね」
朱色で、ふっくらとした体からふわふわ揺ら揺らと尾びれを揺らして泳ぐ様は、
艶めかしく優雅で見ているだけで夢心地になるのでございます
「宮司さん、いけ図々しいお願い事ですが
あの金魚をお譲りいただけないものですかねぇ」
「どうぞ、どうぞ、絹江姉さんに可愛がってもらえるのなら、金魚もさぞ喜んでくれることでしょう」
神社から続く鳥居の通りをくぐり抜け
こうして金魚は古い旅館のビードロの金魚鉢に越して参りました
「今日から、あなたをチンユイと名付けますよ
なんでも、中国では金魚のことを金余(チンユイ)というそうです、
とても縁起が良いとされているのですって」
女将はそう言って
それから毎日欠かさず、餌をやり
毎日欠かさず水を替え
毎日欠かさず語りかけました
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