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Ⅰ
二本足で走るウサギのあとを付いて行ったアリスは、ワンダーランドに行った。
モンローウォークで歩く猫のあとを付いて行くと、どこに行くんだろう。
*
手術をしたのは半年前だった。もう問題は何もない。それどころか日常生活が普通にできていてあたりまえだ。だから、昔みたいに動かなくてはいけない。体も心も。
フリーランスっていうのは便利なものだ。働きたくなければ働かなくていい。問題は収入が無くなることだけれど、保険のおかげである程度の蓄えはまだ残っている。
独立したばかりの頃に、怖くてたくさん生命保険に加入していてよかったよ。
それにラッキーなことに宝くじにも当たった。小さい額だけど、昼間にこせこせ営業して仕事をもらって、夜に作るという太陽に逆らった生活をしていた頃より、手元にはまとまった金額があった。
だから、まだ病人癖が抜けないでいるんだろう。
仕事もしていないのに、昼前に起きて、テレビを見たり、近所の喫茶店でギリギリ最後のモーニングを食べて、本を読んで。そんな生活を半年している。
もちろん最初の1ヶ月は、ゆっくり過ごすように言われていた。
『くれぐれも無理はしないでください。ちゃんと睡眠はとってくださいね。』
どんな仕事をどんな風にしているのかを知っている主治医は、そう言ってくれた。
でも、三ヶ月前の検診では、
『もう普通に働くことも、走ることだってできますよ。』
と、ちょっと呆れ顔で。
体の問題ではない。心だ。わかっている気がするけどさぼり癖?
あまり、戻りたくない現実だったのかな。
独立した頃は、わくわくしていた。小さな仕事をたくさん抱えながら、いずれ自分が本当にしたいことをできるようになるというのが目標だった。一日4時間睡眠って日常も苦ではなかった。でも、だんだん変わってきていた。
2年前の同窓会がきっかけだったかもしれない。
男子はみんな、社会の中でそれなりのポジションを持つ年令。女子は子育てが一息ついたって人が多かった。
何もないのは自分だけ。ふとそう思った。夢が叶うどころか、夢を持っていたことも忘れて。
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