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…たぶん。
店長の、嫌味なほど男前な顔がにやにやする。
ユニフォームである、黒いTシャツに黒いバンダナ、黒い前掛け。背中とか二の腕の筋肉とかさ、いい感じに焼けた色とかさ、同じ格好してても、こうも違うもんかねと思うほど、いちいち男前。
俺、これまで自分を中の上くらいと思って生きてきたんだけど、自信喪失中の今、上ばかり果てしなく見えてつらい。
どっかに俺より下の奴いないかな。
こんなこと考えてる時点で俺自身が底辺だろって感じだよな。
「なにがあったか知らんけど、元気出せよー」
「なにがあったか聞いたら、元気出せなんて言えないですよ」
「なにがあったんだ」
「まだ生傷なんで…」
話すのも無理なんです。察して。
しょげる俺の口に、菜箸で温かい何かが突っ込まれた。さつま揚げだ。
「うまいです…」
「泣くなよ」
いやマジでうまいです。
俺はこの店で働くようになって、さつま揚げってこんなにおいしいものなんだと知ったんだった。
店長に見送られながら、半泣きで西口前店を後にした。
もう春が見えてきてもいいはずなのに、厚い雲が空を覆っている。うちの店は駅前なので、雨が降ると近場で済ませようとするお客さんが増え、繁盛する。
今日も忙しそうだな、と考えながら走った。
「ん?」
夜はやっぱり雨になった。
備えゼロだったので、パーカーのフードをすっぽりかぶって、駅からアパートまでの道を歩く。0時過ぎまで働いてへとへとだから、走るのは無理。
アパートが見えてきた頃、コンクリの塀の前になにかを見つけた。
ちょうど街灯の影になる場所に、黒い塊が置いてある。ゴミかなと思って近づくと、塊からは二本の白い足首が出ていた。
人だ。
俺と同じようにフードをかぶって、うずくまっている。
足首の先には、ずぶ濡れのスニーカーを履いていて、それが俺とおそろいだったもんだから、つい警戒心が緩んで、家を追い出されたガキかな、くらいの想像をして声をかけた。
「おい、大丈夫?」
膝を抱えて丸まっていた人影が、ぱっと顔を上げた。
びっくりしすぎて、俺のほうがきゃーと悲鳴をあげそうになった。
女の子だったからだ。
しかも、めっちゃかわいい。
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