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隣に並んでも、先輩の様子にいつもと違うところは発見できなかった。ちょっとぼんやりしていて、ちょっと微笑んでいて、私の視線に気づくと、ちょっと意地悪い目つきになって、優しく笑う。
「なに」
「あ、あの…」
そこに、ばさっとなにかが投げつけられた。
足元に転がってきたものにつまずいた先輩は、ああ運動神経いいんだなあという動きで転ぶのを免れ、振り返る。
そこにはジャージ姿の男の先輩たちが3人立っていた。バスケ部のジャージだ。私がどの部活ジャージよりもかっこいいと思う、黒と赤のジャージ。
投げつけられたのは、加賀見先輩のものたちだとわかった。シューズやタオル、ドリンクボトル、着替え、ユニフォーム。
先輩はつまずいたドリンクボトルを拾い上げ、そのほかの、足元に散らばったものを、どうしようかなあと考えているような様子で見下ろしていた。
「お前、もううちの部にいらねーから」
ジャージ姿のひとりが、傲慢に言い放った。
加賀見先輩は彼を見つめ、ひとつ息をついて、「そう」と残念そうにつぶやく。
それからしゃがみ込んで、着替えなどをひとつひとつ拾っては胸に抱え、ふと気がついたように彼らを見上げた。
「なにか袋みたいの持ってない? これじゃ持ち帰れないんだけど」
「…ふざけんなよ!」
バスケ部のひとりが、先輩の手元を蹴った。せっかく拾い集めたものたちが、また散らばってしまう。
私は足元に転がってきたドリンクボトルを反射的に拾い、そのとき、それまで手伝いもせず佇んでいたことに気がついた。
拾うのをあきらめたんだろう、加賀見先輩がゆっくりと立ち上がり、制服のひざを払う。そんなマイペースさは、ますますバスケ部の3人をイライラさせているように見えた。
「俺になにをさせたいわけ」
「泥棒の肩持つような奴は、いらねーって言ってんだよ」
「別に、夜間部がやったって決まったわけじゃないじゃん」
「ほかに誰がやるっつーんだよ」
「知らないけど。でも夜間部である証拠もないわけだろ」
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