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引き寄せられるように近づいた私はすぐ近くの壁に寄りかかって彼の歌を聴いてから帰ることにした。
彼の歌う曲は、知らない曲ばかりだったが、メロディはとってもシンプルで覚えやすく、とにかく聴いてて心地よい言葉が歌詞になっていて、何曲か聞くつもりが、気がついたらもうすぐ三時だった。
「そろそろ帰るの?」
不意に声をかけられて私はびっくりした。
今までストリートミュージシャンは幾度となく見てきたが、個人的に会話をしたことはなかった。
「もう三時だしさ。そろそろ帰らないと明日に支障でるよ?」
「あ、えっと。。。はい、そろそろ帰ろうかなって思ってたところです。あなたこそ帰らないんですか?」
「あー、俺は帰るところないよ。」
私と同じくらいの歳のはずなのに、帰るところがないってどういうことなんだろう。
こんなに若いのにホームレスって珍しいし、そんな簡単に職に困るわけはないはず。
若ければ何かしら力仕事とかで雇ってくれる場所はあるはずだし。。。
「家出ですか?」
そう聞いた私に彼はふふ、と笑って首を横に振り、笑顔で答えた。
「違うよ。本当に帰る場所がないんだ。」
それ以上彼は話そうとしなかった。
そして、指でギターの弦を弾きながら彼はまた歌い始めた。
その歌は家族のことを歌う曲だった。
家族のことをすごく大事にしてる曲。
それなのに、なんでホームレスなんだろう。
そして、なんでこんなに悲しそうな顔で家族のことを歌うんだろう。
私は彼がその曲を歌い終わったことに気づかず、彼の目をじーっと見つめて考え込んでいた。
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