第1章

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何の変化もない日々を送っている私に取って、毎月この日をどれだけ楽しみにしているか! 深海主任に指導されるようになって3ヶ月が過ぎた頃からずっと続いている“お楽しみの日”。 月初と月末は忙しくて予定を入れるのは難しいからと、必ず二週目か三週目の週末に誘ってくれる。 仕事終わりに誘われるご飯と違って改まった感じで初めて誘われた時は警戒心丸出しだったけれど、今ではこの日を心待ちにして仕事を頑張るようになった程だ。 “お楽しみの日”が決まった途端、自然と口元が緩んできてしまうくらい、私には大事な日になっている。 金曜日に残業にならないように調整して仕事を片付けなくては…。 そして予定通り、就業時間内で仕事を終わらせた金曜日。 隣の深海主任もいそいそとデスク周りを片付けながら「行けるか?」と小声で話し掛けてくる。 「大丈夫です。あ、ちょっとトイレに行って来ます」と目線を合わせず返事を返して立ち上がる。 「フッ、相変わらず色気ないなぁ」なんて声が耳に届くけれど、そんなこと気にしていられない。 落ち着いてお楽しみの時間を過ごしたいから構っていられないのだ。 手早くトイレを済ませ化粧直しもせずに足早に戻って来ると、主任がバッグを片手にスマホを操作しながら廊下立っていた。 主任だって“お楽しみ”に違いないんだ。 それを証拠に既に表情が仕事中より柔らかくなっている。 「お待たせしました」と近付いていくと目元を緩ませて頷き歩き出した。 会社を出るまでは意識して表情を引き締めているけれど、一歩外に出て主任と並んで歩いている時はもう限界で、私の口元はユルユルだ。 「お前、好きだよなぁ。」 仕事中には滅多に見られない柔らかな表情で見下ろされる。 「勿論!大好きですよ~。深海さんには負けますけどねぇ。」 歩きながら話しているので私の前髪が風に舞い上がり、眼鏡越しの緩んだ表情を晒している。 社内の人で私のこの表情を知っているのは深海主任だけだ。 そしてプライベートの時間なので私たちはお互いの呼び方もフランクに変わっている。 「梢より俺の方が好きなのは当たり前だろ?誰にも負けないよ。」 「ふふっ。ご馳走さまでーす!」 知らない人が聞いたら確実に誤解されそうなこの会話。 お互いに気を赦している私たちにしかわからない会話を楽しみながら目的地へ急ぐ。
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