第1章

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だから今日も個室に入って直ぐにいつものように前髪を上げていた。 川瀬課長の突然の登場に顔を晒していることなんてすっかり忘れていて、そのままの顔でご対面してしまったのだ。 「川瀬さん、梢のことは内緒にしてください。コイツ、昔嫌な思いしてからは自分の顔を晒したくないらしくて…。」 「…ふ~ん…まぁ、事情抱えてる人なんて結構いるからなぁ。じゃあ今日志築さんの顔を見られた俺はラッキーだったな。」 顔を両手で隠している私には深海さんの表情しか想像つかないけれど、隣にいる川瀬課長の声からは思った程の反応は感じられず淡々としていて…。 「ほら、梢。川瀬さんは大丈夫だから。手を下ろしなさい。」 正面からの遥さんの言葉にゆっくりと手を下ろし目線を上げると…少し心配そうな深海さんの顔と、安心させるような微笑みを浮かべる遥さんの顔と…優しく見つめる川瀬課長の顔があった。 「安心しろ。誰にも言わないから。」 川瀬課長は優しくそう言って私の頭をポンポンとしてくれた。 最近では目の前の二人以外からはそんなことをされていなかったので、妙に照れ臭くなってしまって視線を外した。 それから間もなくしてビールが届き、改めて乾杯してからは暫くの間、遥さんの近況報告などを話して和やかに過ごした。 とは言っても私はほとんどみんなの会話を聞いているだけで、たまに口を開いても相槌を打つくらいだ。 川瀬課長は会社で見掛けた時よりも話しやすい感じだとはわかったけれど、どうしても慣れるまでに時間が掛かってしまう。 仕事で対面する人に対しては此処まで警戒心は抱かないのだけれど、プライベートで会う人にはどうしても身構えてしまって相手に不快な思いをさせていないかと不安に思う。 「いやぁ、仁科の元気そうな顔が見れて安心したよ。今の仕事は楽しそうに遣れてるみたいだし。やっぱりあの時点で退職を勧めたのは間違ってなかったな。」 「あの時は本当にありがとうございました。川瀬さんがいなかったらもっと早い段階で潰れていたと思います。」 嬉しそうに話す川瀬課長に遥さんはニコニコと言葉を返している。 遥さんが辛かった時に傍で手助けしていたのも、深海さんに遥さんのことを随時報告してくれていたのも、この川瀬課長だったんだと教えてもらった。 その当時まだただの平社員だった川瀬課長には、それが精一杯だったんだと…。
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