第10章

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「スゲー想像がつく!でもさっきは全然違う雰囲気だったね」と言うので、「マンションが近所で仕事が終わってからご飯を食べに行くこともあるのでお互い素を出している」と話すと納得した顔を見せながら、 「そっかぁ。志築さんは気を許せる相手なんだな…あんな顔、久しぶりに見たよ。大学二年以来かな」と気になる発言をした。 「大学二年以来?」と聞き返すと、しまった!という顔を一瞬だけして直ぐに元の表情に戻し、「あー…ちょっといろいろあってね。あいつ一時期俺らの前でも笑わなくなったから」と気まずそうに答えた。 何だかそれ以上聞いてはいけない空気だったので「そうですか…」とだけ言って口をつぐんだけれど。 大学二年の時に何があったんだろう…。 仲間の前でも笑わなくなったなんて余程のことじゃないだろうか…。 あの人も何か抱えているものがあるの? あの人は私の話は聞くけれど、自分のことは大学時代のバスケ部のことや家族の話以外話すことはない。 仕事のことでは昔の話もしてくれるけれど、自分の過去を口に出すことはない。 あの容姿だしあの年齢なんだからそれなりにいろんな経験をして来ているんだと思うけど…。 もしかして今までの私のようにあの人も話したくないことがあるのかな…。 考えても仕方のないことが頭の中を巡り始めたけれど、これから一人で営業に回らなくてはいけないのだからと気持ちを切り替えた。 それから間もなく営業先に着き、中川さんも私も精力的に回り始めた。 私の拙い営業トークをまずは聞いてもらうことが第一なので、頑張って営業スマイルを作り商品説明をしていく。 興味を持って話を聞いてくれる人もいるし、初めから面倒臭そうに素っ気ない態度を取る人もいて様々だ。 リラクゼーショングッズやオーガニック商品はサンプルを渡したり、従業員の人たちに実際に試してもらったりしながら必死で良さを伝えていった。 一件目…二件目と熟すうちに意外と早くコツとリズムを掴めてきた。 考えたら私は常に人の顔色を見て動いていたところがあったので、それがこんな場面で活きると気付いて驚いてしまった。 それでもずっと気は張ったままだったので1日目が終わった頃にはぐったりとしたけれど、気持ちいい疲れも感じていた。 それでも注文には繋がらず「検討して扱ってみたいと思ったら連絡する」という言葉に留まり、それについては悔しい思いが胸を過る。
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