第1章

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今度深海主任に聞いてみようかな…。 「あのぉ…志築さん。」 …来た……。 私と深海主任のデスクの間に恐る恐る近付いてきた蓑田さん。 言われることはわかっているので返事をしたくないけれど、諦める癖がついている私は手を止めて顔を上げながら口を開いた。 「…何でしょうか。蓑田さん。」 「ぅ…あのぉコレ、申し訳ないんだけど頼まれてくれないかなぁ。」 チラッと此方を見てきた深海主任の眉間に皺が寄っている。 私が顔を上げたことで蓑田さんは腰が引けてますけど、大丈夫ですか? しかし言葉とは裏腹に、全然申し訳なさそうじゃありませんね…。 絶対やってくれるって思ってますよね? “嫌です!無理です!”って言ったらどうするつもりなんだろうか。 「明日、出張でどーしても必要なんだ。夕方まででいいからさ。やってくれないかなぁ。ね!お願いします!」 そう言って蓑田さんは何部かのレジメを差し出しながら頭を下げてきた。 思い切り溜め息を吐きたい。 でもそれをしたからって何も変わらない。 目の前で頭を下げている蓑田さんと後ろのシマの人たちに然り気無く目線を流すけれど、誰とも視線が合うことはない。 これも何時ものこと。 仕事をしてるフリして耳だけダンボ状態なんだ。 引き受けるに決まってるって思ってるんだよね。 こういう時、冷たく突っぱねられる性格ならいいのに、顧客に迷惑を掛けたくないと思ってしまう自分が憎たらしい。 返事をすることなく目の前に差し出されたレジメの束を受け取り、ペラペラ捲ってザッと目を通す。 これは…やっと契約に漕ぎ着けたリラクゼーショングッズの展開案だ。 「……先日決まった丸陵百貨店のですね。」 「そう!さすが志築さん!明日先方の担当者と取り扱い商品やらいろいろ細かい打ち合わせするのに、それがないと話になんないからさぁ。前に作ってもらった資料みたいにしてもらえたら助かるなぁって。」 随分簡単に言ってくれるが、新規顧客に対する資料はとても気を遣うのだ。 初めて目にする商品を如何にしてエンドユーザーの手に取らせるか、是非紹介したいと思わせる内容に仕上げなくては顧客自体が動いてくれない。 せっかくスペースをもらって扱ってくれても陳列しているだけでは何にもならない。 エンドユーザーの目に止まらせるためにはどうすればいいのか、幾つかの展開案を提案する必要がある。
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