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上司とアシスタントという立場から始まった関係だったけれど、いつも私を助け支えてくれる彼と一緒にいることがいつの間にか当たり前になっていて、いつしかかけがえのない相手に変わっていった。
いつから意識していたのかと聞かれてもそれはは"いつの間にか"としか説明出来ない。
心は知らぬ間に動き惹かれていたのだ。
「だから"意識してたのか"って聞かれても、そうだとも、そうじゃないとも言えないんだよなぁ。でも今はあの日、胡桃が具合悪くなってくれて良かったって思うよ。あれがなかったらこうはなれなかったかもしれないからさ。」
そう話してくれた酒居くんはとても優しい表情をしていて、胡桃への想いが溢れていた。
その隣の胡桃は…未だに微妙な表情でいるのは何故なんだろうか…。
「胡桃…胡桃はなんでさっきからそんな顔してるの?」
さっき酒居くんと話していた時はあんなに幸せそうな顔だったのに、何故今の表情に翳りが見えるのか、その理由がわからなかった。
突然自分に話が振られたことに驚いたのかピクッと肩を震わせた胡桃がゆっくりと顔を上げると、僅かに瞳が潤んでいるように見える。
その表情は何かに怯えているような、私の顔色を窺っているようにも感じた。
「胡桃?」と声を掛けると、躊躇しながらもやっと開いた口からは「……軽蔑、しない?」と小さな声で言葉が零れ落ちてきた。
「軽蔑?」
思わぬ言葉が耳に届き、意味がわからず首を傾げてみると、
「……こんな私…嫌じゃ、ない?」
何のことを言っているのかわからずに酒居くんの方をチラッと見遣ると、酒居くんは心配そうに胡桃を見ていた。
「…"こんな私"ってどういうこと?」
「…………。」
いつもの元気はつらつな胡桃は影を潜め、泣きそうなのを堪えるように唇を噛み締めて弱々しい様子の彼女が心配になってきた。
「どうしたの?胡桃、話してみて?」
酒居くんはその理由をわかっているのかいないのか、そっと背中を擦ってあげている。
その酒居くんの掌の体温で落ち着くのを待つしかないと、暫く沈黙の中で胡桃を見つめる。
"軽蔑しない?"ってなんだろう…。
"こんな私"って、何を指しているのだろう…。
胡桃が溢した言葉を心の中で何度も反芻して考えてみるも思い当たることがなく、ただボーッと目の前の二人を見つめていた。
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