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「・・・・俺、死のうと思った」
静寂の中でぽつりと呟かれた言葉に、浅井は勢いよく顔を上げた。
「いや・・・・違うな。死んでもいいと思った」
そう言って、燈路は眼を伏せてそっと笑った。
「どうしてもこの場所から逃げたくて、逃げたくて、堪らなくて・・・・夢中でバイク走らせてさ。 なにか目的があったわけじゃないんだけど、そんなこと関係なしに、どこか遠くに行きたかった」
「・・・・」
「なんだろう・・・・もともと居場所なんてなかったし、どこに行っても同じだと思ってたんだ。 これから行き着く先で、誰かに出会うかもしれないし、このまま死ぬかもしれないって・・・・ どっちに転んでもいいって、本気でそう思った」
「早坂」
静かに語られる言葉に、堪らず口を挟んだ。
自虐的なその様は、見ているだけで、胸が痛んだ。
燈路は髪をかきあげ、ゆっくりと眼を開けた。
茶色い髪が、微かに揺れた。
「適当なところで野宿したり、安いホテルに泊まったりして、朝がきたらまた走って・・・・そんなこと続けててさ、 一週間たった頃かな。田舎道でカーブ曲がりそこねて転倒したんだ。まあ、スピードも出てなかったし、 畑の真ん中だったから擦り傷程度で済んだんだけど・・・・情けないことに、恐かったよ」
「・・・・」
「倒れると思って、身体が震えた。もしかして死ぬのかもって思って、恐くて・・・・そしたら、その瞬間、アンタの顔が浮かんだ」
「え・・・・」
おもわず眼を見開いた。
「もう、全部捨ててもいいと思ってたんだ。いや、捨てるほどのものなんてなにもないって思ってた。 俺にはなにもないって思ってたから・・・・ けど、アンタの顔思い出してさ、俺にも捨てられないものがあったんだって思ったよ。 そう思ったらさ、急に死ぬことが恐くて、堪らなくなった」
「早坂・・・・」
「そしたら、どうしてもアンタに会いたくて、会いたくて、いてもたってもいられなくなって・・・・ 情けないことに、少し泣いた」
小さく笑って、燈路が僅かにこちらに顔を向けた。
いまにも泣き出しそうなその眼が、微かに震える。
浅井の顔を見て、燈路はそっと眼を細めて、ゆっくりと微笑んだ。
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