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「おまえ、いま浅井ちゃんのとこにいるのか?」
仁に聞こえないよう小さく呟かれた言葉に、おもわず首を傾げた。
「そうだけど・・・・って、あれ?俺、おまえに言ったっけ?」
「いや」
そう首を振って、瀧川は苦笑を洩らした。
「なんとなくそうかなって思っただけ。おまえ、浅井ちゃんには懐いてたからさ」
「・・・・」
おもわず眼を見開いた。
「おまえさ、むかしから、保健室にはよく行ってただろ?ちっとも寝てねえような面して学校きてさ、 そのまま保健室直行。そんで、数時間後にはすっきりした顔で戻ってくる。おまえがどんな生活してたかなんて知らねえけど、 あそこはおまえにとって居心地がよかったんだろ」
「・・・・」
「だからさ、もしかしたらあの場所じゃなくて、必要なのは浅井ちゃんかなって思ったわけ」
「・・・・なんでそう思うんだよ?」
「俺や仁には弱みなんて見せねえクセに、弱ってる姿で浅井ちゃんのいる場所に行くから」
そう言い切った瀧川を見て、小さく肩を竦めて、苦笑を洩らした。
「なるほど、ね」
「当たってるだろ?」
にかりと笑いながら、瀧川は自信満々に胸を張った。
居心地がよかった。
硬いパイプベッドも。
消毒液臭い部屋も。
漂う煙草の煙も。
時折、鼻を掠める、あの大人の匂いも。
その空間すべてが、なぜか安らげる気がしたのは事実。
眠りに落ちて見る嫌な夢も、あの部屋なら、苦痛と感じなかった。
人で溢れる交差点。
いまにも変わりそうな信号を眺めながら、瀧川が静かに口を開いた。
「おまえが戻ってきた理由が浅井ちゃんなら、俺はあの人に感謝するよ」
「え?」
その言葉に顔を上げると、瀧川がゆっくりと眼を細めてこちらに視線を向けた。
「おまえがいなくなると仁が泣くからな」
当たり前のように言われた言葉に、おもわず小さく吹き出した。
「なんだ、結局仁かよ」
「当然。俺の中心はアイツだからな」
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