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車から降りて、浅井は小さく息を吐いた。
小さなメモ紙を確認して、眼の前の住宅に眼を移した。
夕暮れ時の高級住宅街。
その中でも一際目立つ、高級住宅。
そこに貼り出された『売家』という看板の文字が、やたらと眼を引いた。
広い庭と、住宅というより屋敷に近いようなお洒落な建物。
ゆっくりと見回して、意味もなく髪をかきあげた。
人気のなくなった家からは、不思議と冷たい空気しか感じない。
「いるわけねえか・・・・」
瀧川から教えられたとおりの家の様子。
燈路がここに舞い戻っているとは到底思えない。
担任教師から訊き出した住所の書いた紙をポケットに入れ、浅井は小さく肩を竦めた。
なんとなく、確認しておきたかったのだ。
燈路の内に秘めているものは、なんなのか。
あの、僅かな隙間から見える、寂しげな瞳の理由は、なんなのか。
そんな燈路に、家族はなにを与えていたのか。
見てみたかった。
寂しげに佇む屋敷からは、温もりは感じない。
赤い夕日を浴びても、その家は、なぜか息すらしていないような冷たい空気に覆われている。
「ここは、なにも意味がないんだな・・・・」
燈路にとって、ここは意味がない場所だったのだろう。
不思議とそう思った。
なにかを掴む場所ではない。
なにかを補う場所でもない。
なにかを与えてくれる場所でも、ない。
そんなふうに思った。
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