3.ユキノメ

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3.ユキノメ

仕事が終わると、まっすぐに家に帰る。 ユキちゃんのご飯を買わなくちゃ。 雪は止んで、 交通も混雑はしているものの、 どうにか帰れそうだ。 玄関を開けると、 ユキちゃんはいる。 お腹が空いているときは 目を見開いて座っている。 あまりにもお腹が空いているときは 飛びかかってくる。 それでも 待ってくれているモノが いるということの有り難さ。 今日は、朝早くに家を出たし 帰りもいつもよりは遅くなりそうだ。 ユキちゃんの飛び蹴りを覚悟して 帰らないとダメだな。 足取りは自然と早足になる。 ようやく捕まえたタクシーは 結局、渋滞に巻き込まれちゃった。 仕方なく、降りる。 ここからなら、半時間も歩けば たどり着けるだろう。 ちらほらと同じ考えの人もいるようだ。 人通りは少なくない。 だけど、こうして夜道を歩いていると 朝の情報番組が頭をよぎる。 帰宅時に後をつけてきて 鍵を開けた途端、押しいってくる なんて、めちゃくちゃ怖い。 自分で自分を抱きしめる。 「あの~」 と、突然後ろから声をかけられて 無様に飛び上がってしまった。 「す、すみませんっ! あの、驚かしてしまって」 振り返ると、そこには 気の弱そうな若い男の人がいた。 オドオドしていているわりには どこかわざとらしい。 「いえ。大丈夫です。あの、何か?」 不信感丸出しで答えた。 「あの、これ、落しませんでしたか?」 男の人が差し出したのは、鍵だった。 よく見なくてもわかる。 私の鍵には鈴がついているのだから。 「いいえ。私のじゃありません。」 「そうですか、いや、すみません。」 少し困ったように、手を引っ込めた男の人は、 続けてこう言った。 「こんな雪の中で、鍵を無くされては、 さぞかし大変だろうと思いまして。 さっき、捕まえるはずのタクシーを 逃してまで、あなたを 追いかけてきたんです。」 はぁ、それは有り難いけれど、 そんなことを言われても。 私にどうしろというのだろう。 私は、返事に困った。 「ああ、いや、すみません。 あなたを責めているわけ ではないんですよ。」 男の人は、にこやかに笑った。 「すみません。」 私もそれなりの笑顔で答えた。 すると、男の人が言った。 「あの、僕も歩こうかなと思って。 方向が同じようなので ご一緒させてもらっていいですか?」
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