1章 闇はいつも隣に

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「ったく、こんな時世に残業なんかさせんなよタコ店長」 悪態を吐きながらコンビニから現れたのは、アルバイトとして雇われている『時永涼』という男だ。 神楽氏近辺の大学に通っている、ごく普通の大学生だ。 「……いやでも、あの店長の帰りはもっと遅いのか。う~ん……いや、やっぱりムカつく!」 独り言を呟きながら、彼は静まり返った街を歩いていく。 時刻は午後十時、民家の明かりは時間の割にかなり少ない。 街灯だけ、ということもないが、不気味さが和らぐほどの明かりではない。 「気味が悪い……。春の頃はまだマシだったぜ」 ほんの数ヶ月前までは、ここはいたって普通の街であったはずだ。 これほど気味が悪く、生気のない街ではなかったはずだ。 「……喉が渇いたな。公園に自販機があったよな」 渇きを感じた彼は、帰宅コースを外れて公園へと向かう。 帰宅までの時間は五分も延びない、軽い散歩のようなものだ。 「ココアかコーヒーか何に……っと、ベンチで熱々なのが居やがるか」 何を飲もうかと思案している彼は、自動販売機横のベンチで抱き合っているカップルを目にした。 女のほうが男に抱きつき、キスをせがんでいるように見える。 「邪魔するのは気が引けるし、今日は諦めて――」 ふと、彼はその光景に違和感を感じた。 女の息は、静かな夜には不釣合いなほどに荒々しく、十メートルほど離れている自分にも聞こえてくる。 だが、男のほうの吐息は全く聞こえない。 そもそも男の顔はこちらからも見える、つまりキスをしているわけではない。 「……俺は何も見ていない。ヤバそうなヤツらなんて見て――」 ゴトリと、音がした。 男の頭が、紅い液体を流しながら二人の足元へと転がり落ちたのだ。 そして中枢を失った身体からは、夥しい出血が見て取れる。 「うわぁっ!?」 声を上げた彼に気付いた女が、振り返る。 その顔面は血に塗れ、口では肉と思わしき物体を租借していた。 「な、う、うわぁぁぁ!!」 一瞬にしてパニックに陥った彼は、一目散に逃げ出した。 そしてその姿を、女はゆっくりと追いかけ始めた。
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