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「さぁ。今、時計の針が午後五時を指しました。ゲームスタートです。後藤選手周囲を伺っていますね」
「周りの人間が自分を見ていないことを確認しているのでしょう」
「デスクの下に準備していた鞄を手に取ってそっと立ち上がりました。自然な動きだ。まるで仕事の途中に小休憩するかのような動きです。無駄がありません」
「オフィスの出口にまでたどり着ければ誰かに見つかっても何かを言われる前にお疲れ様でしたと宣言するつもりでしょう。そしてそのまま扉を出てしまえば誰も引き止めることはできませんからね。大胆かつ有効な作戦です」
「後藤選手そっと自分の机を離れた。これはあっさりと決まってしまうのか? あ、いえ。これは……」
「係長の斉藤が後藤選手を視線を追っていますね。これは危険ですよ」
「おおっと。後藤選手なめらかな動きで歩いていきます。出口まであと数メートル。ここで最後の確認とばかりにあたりを見回して……。後藤選手動きが止まりましたね」
「係長と目が合ってしまいましたね。用心深く周囲を気にしたのが裏目に出たようです」
「おおっと。係長が手招きをしているぞ。後藤選手は顔が引きつっている。逆に斉藤係長は笑顔で手招きをしているー!」
「こうなると、このまま帰宅することは難しいですね。係長の手招きを無視する訳にはいきません。しっかり目が合ってしまっている以上気が付かなかったという言い訳は使えません」
「肩を落としながら後藤選手が斉藤係長のデスクの前に向かっていきます。おや、数人の同僚が席を立ちあがっていますね。手には鞄を持っています」
「後藤選手が生贄になっているうちに帰るつもりなのでしょう。誰かが捕食されている間に逃げる。見事な草食動物作戦ですね」
「同僚たちがそそくさと帰宅するなか、後藤選手は係長の前に立っています」
『後藤君。この前の会議の資料をまとめておいてくれないかね。明日の会議で必要なのだ』
「斉藤係長、仕事を投げてきたー。後藤選手。これは辛いぞー」
「この明日の会議というのは明日の朝始業直後に行われるものです。つまり、今日中にまとめろと係長は言っているのですね。うまい手です」
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