第一章 怪物と友愛のはざま

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 ただし血は一滴も流れていない。肉ごと焼かれて蒸発し、穴の中でどす黒い臙脂(えんじ)色した塊になっている。  そんな中鷹の体から絞られた果汁のように弾け飛んで、《丸いもの》が同級生を襲っていく。教室のあちこちで悲鳴が上がった。  「かっちゃん!」  景子は三田の手を引いて、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化した教室から逃れようと走った。  後ろから「逃がさないから!」と、叫ぶ北島の声が響いた。  彼女の顔面の穴から、いくつもの《丸いもの》が飛び出していく。  その瞬間、ドス! ドス! と、三田の背中で鈍い音が響いた。(このままじゃ、ふたりとも餌食にされる……)と、咄嗟に景子の盾になったのだ。  「逃げて! 景子!」  それが親友の最期の言葉だった。  景子の目が涙であふれた。  「かっちゃん!」  親友の死を嘆く景子の背後で、北島の不気味な笑い声が届いた。  「えへへへ!」  振り向くと、北島の空洞になった両眼から例の《丸いもの》が飛び出して、マイクロカメラで景子を見つめていた。  これを見て景子は理解した。とっくに北島小夜子は死んでいるのだ。  後ろにいる《これ》は北島の死体に潜り込んで、ただ動かしているだけ。おそらく中の《丸いもの》が笑って、喋っているに違いない。  北島だったものは景子に喋りかけた。  「次はあんた!」  それを聞いて、景子は廊下の窓を開けて、校庭に飛び降りた。  此処は一階、わざわざ出口へ駆けなくても、窓から出れば校庭にいける。  校庭へ逃れた景子は、校門にはいかずに校舎の裏にあるイチョウの木を目指した。  イチョウを登れば、外へ出るのは簡単だった。今までもそうやって授業をエスケープしたことがあるからだ。  (校門へ逃げても、きっとゾンビが先回りしている)
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