きっと月はどこかの向こう。

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わたしと兄の母は、ひどい淫売だと聞いて育ちました。うつくしい人だったけれど、気高い人だったけれど、淫乱で、ハルをばさばさ売ってた、と。 わたしと兄は母に捨てられました。兄妹なのに苗字が違って、ひとまわりも歳が違うので、血は母の分しか繋がっていないのだと思います。しかし、二人とも母の血を強く受け継いだのか、性別が違うのにも関わらず、こんなに歳が違うのにも関わらず、そっくりだとよく言われました。 わたしたちは孤児院で育ちました。町の人々がみんな覚えてるうつくしい母の顔は、わたしは見たことがありません。鏡をぼんやりと見つめ、ああ、母はこんな顔だったのかしらとよく沈み込みます。 「……にいさん。お帰りなさい」 「ただいま、おぼろ」 ふわり、と兄がそのうつくしい顔に柔らかな笑みを浮かべます。高校を卒業し、なんとかかんとか大学も卒業し就職し、自立した兄はわたしを孤児院から引き取ってくれました。 ちいさなアパートで兄妹二人暮らし。 箱庭みたいですね、と兄に言ってみたことがあります。兄に守られたちいさな家でわたしはぼんやりぼんやり生きることを許されてるのです。 兄の名前は繊月(せんげつ)と言います。 わたしの名前は朧月(おぼろづき)と言います。 この町で月の名前を持つのは、兄と、わたしだけ。 淫売の血筋だけ、なのです。
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