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とうさん。
「……父さん?」
「最近ちょっとイッちゃってるって聞いたけど。大丈夫か、お前。だからこんな深夜に外ほっつき歩いてるんだろ」
笑い声を上げながら言葉で反撃しようとしたのに、わたしの口から飛び出したのは、呆けたような声だった。
「……忘れちゃった。わたし。忘れた」
「……。本当に大丈夫か?大丈夫じゃねえな。ちょっと座れ」
「あの、ねぇ、わたし、忘れたの。忘れたよ、忘れたから、ねぇ」
「わかったから。落ち着け」
がくんと膝が震えた。やわらかい砂の上に座り込む。赤いラジオ。雑音を流すラジオ。壊れかけているラジオ。海の音、海の音、海の音のラジオ。がたがた震えている手でラジオを拾い上げる。抱きしめてもそれはちいさくて冷たくて無機質で、だからわたしは涙が溢れた。
「父さん。わたしの、父さん、あの人、もう駄目になっちゃった……」
「……どうした」
「分かんない!わたしは、わたしは、わたしは、忘れた!!」
やはり温かいジャンパーなんて貸してもらうべきではなかった。駄々をこねる子どものようにわたしは訳の分からない言葉をずらずらずらずらずらずらずらずら並べ立てて、ああ、ああ、ああ!
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