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「おい、こら、しっかりしろって!なにがあった?」
「わたし――、わたしは、わたしは――」
「お前は、どうした」
「とうさんを、殺してきた」
*
わたしの母、というのは本当にうつくしい人だったようで、この街をとうの昔に立ち去ったはずなのに未だにこの街ではひそひそと噂が飛び交う存在である。
淫売のむすめ、と影で呼ばれているのは知ってる。
うつくしいむすめ、と呼ばれているのも知ってる。
学者でもあるわたしの父は、わたしにいつもうつくしい服を着せた。高級なものを食べさせ、良い教育を受けさせ、それを愛だと、愛だと、わたしにささやき続けていた。
*
「とうさんを、殺してきた?」
深雪くんの手がわたしの手首を掴んだ。ああ、溶けてしまいそうだ。
「ねぇ、わたし、知ってしまったんだ」
「なにを」
「とうさんは、わたしの名前を呼ばないのよ」
*
父がおかしな挙動をし始めたのはいつからだろう。わたしは母に似ることをいつの頃からか強要されていた。好きな食べ物。口遊む歌。身にまとう色。指先の整え方。
*
「ああ、だから、わたし、わたしの名前すら忘れて」
*
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