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「手遅れなんだよ」
ずるずると深雪くんはわたしを海の中に引きずる。からい水が口の中に入る。恐ろしく冷たい。わたしの腕を握る深雪くんの腕が燃えてるように熱かった。命の温度。口の中に入る水がからくてからくて仕方がなかった。命、の、味。
いのちの、味!
「これ以上はお前ひとりで歩いて行けるかって話しだ。わかるか」
「……ええと」
「死にたいんだったらこのままひとりで海の中に歩いて行けばいい。いつか必ず溺れる。凍える。もしかしたら魚に食われるかもしれない。お前は、ひとりで、行けるか」
惨めに這いつくばったままだと、目に潮水が入って痛くてしょうがなかったので、わたしは凍る足で立ち上がる。ぞっぷりと濡れたワンピースもジャンパーもおもたくてしょうがない。かちかちと奥歯が鳴る。
黒い水はとどまるところが見えない。月明かりすらない今夜の海は、黒く、黒く、黒く、黒く。
かちかちと奥歯が鳴る。寒さだけではない、たしかにわたしは恐怖で震える。
「怖いだろ。怖いんだよ。だからあんたのとうさんはお前も連れていこうとしたんだよ。でもあんたは手を振り払った。今更死のうとしたって、あんたは一緒に行ってくれるやつの手を振り払ったから、手遅れだ」
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