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「そしたら、わたし、どうすれば」
「道はある。死ぬか生きるか」
「……」
ちゃぷちゃぷと足に海の水があたる。深呼吸をして、潮の香りで胸をいっぱいにした。海、は、母、でした。この海にいた母が、髪を潮風に絡ませた母が、わたしの、母、でした。
「死ぬのは、出来ないの」
「……おう」
「わたしは。わたしは。決して、死にたくは、ない」
「うん」
「……理由は、ないんだけど……」
風が強い。目に沁みる潮水のせいで涙が後から後から溢れた。なんていびつな哀しみなのだろう。思う存分に哀しんだら、わたしは死んでしまうから、心の一部に蓋をするしかない。例えばノイズのような曖昧で、しかしそこにある蓋を。
「どうして、どうしてだろう。わたしは絶対に死にたくないって思ったんだ。あの、父さんに手を引かれたときに、絶対、死にたくないって。わたしは父さんを愛していたはずなのに、そんなものすぐに投げ捨てて、わたしは逃げたんだ」
海の水に濡らしたワンピースは母のもの。きっとみっともないくらいに崩れた化粧も、脱ぎ捨ててきたピンヒールも、すべて母のもの。父が、母にプレゼントした、たくさんの女の体を飾り立てるモノ。
それを、身に纏う、わたしの、いびつな、こと。
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