きっと月はどこかの向こう。

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「にいさん、にいさん、今日の晩御飯はなににしましょうか」 中学のセーラー服をハンガーにかけて、にいさんに問います。ちいさなアパートなのに、わたしにはちいさな部屋があります。おとしごろだものね、とふわりと笑って、兄がわたしに譲ってくれたちいさな部屋。 「にいさん」 「今日は寒いから、シチューにしようか。おぼろ、シチュー、好きだろう?」 「ええ、はい。わたし、にいさんの作るシチューは好きですよ」 ふふ、と兄は笑います。うつくしい。 「褒めたってなにも出ないよ。……おぼろは、手伝ってくれるのかい?」 「ええ、ええ、もちろんです」 わたしは兄がとても好きでした。柔らかで、うつくしくて、ふわりふわりと笑む兄が。 「……にいさん」 「……なんだい」 「あ、えと、あのですね。にいさんは、告白されたことはあるのですか?」 「うん、あるよ」 とんとんとん、とにんじんがまな板の上で兄の持つ包丁によって切られます。わたしは、きゅっとピーラーをとじゃがいもを握って、唇を噛み締めました。 「あの、あの、にいさん。わたし、クラスの子に告白されてしまったようなのです」 「おや、良かったね」 「良くはありませんよにいさん。わたし、わたしが告白されたのですよ。ああ!」 「そんなに嫌がるだなんて、どうしたんだい」 「わたしは、だって、淫売の顔を持ってるのですよ、にいさん」 「……かあさんのことかい、おぼろ」 「ええ、それ以外になにがあるというのでしょうか、にいさん!」 「……」 兄がまじまじとわたしの顔を見つめました。ああ、兄の顔、うつくしい。瞳は夜の闇より深い黒、肌は陶器のような白さ!少し釣り気味の目は、柔らかく細められてます。
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