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「ああ、浪上望月」
ティーカップ片手に窓際の机に座ると、目線はカンバスに固定したまま、部長が話しかけてきた。はい、と思わず裏返った声で返事をする。
「入部届けは明日で構わない。あと、そこに座っている以上、誰かの作品のモデルになるやもしれない。君は実にその席に栄えるな。わたしはもうそこに座りたくないよ」
ふふ……、と微かな笑い声がした。案外広い部室には、私と、部長と、七月さんしかいない。にこりともしない私と部長以外で笑えるのは七月さんしかいないのだから、笑ったのは当然七月さんだけであった。
「え、モデル、ですか」
「ああ。まぁ幽霊部員と言えど、そうやって部に貢献している方が少しは体裁が良いだろう。我が学校の掃き溜めのような存在の美術部にも繕うべき体裁とやらがあるだろうから」
「はぁ……まあ、別に。私、絵が得意というわけでもないので」
「ふむ、実に結構。それなら楽にくつろいでいてくれ。読書でも課題でも、なにしていたって構わない。もちろん絵を描こうとも彫刻を彫ろうともなんだって構わない。バーンズ七月、構わないか?」
「はい、なにがでしょう?」
「浪上望月がモデルになる可能性があるということだ」
「あらあら部長、なにを仰っているのです。あたしに聞く必要なんて、あります?」
「君は彼女にこだわっているようだから。面倒なことはない方がいいだろう」
「えー、そんなふうに見られてるのですか、あたし。別にあたしは浪上さんに対してなんの特権も持っていませんよ」
紅茶を一口すすって、七月さんの方を見やる。カンバスから顔を覗かせた彼女は、うふふ、と笑う。
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