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学校生活の細々としたことを書いている人、美術部部員らしくちいさく絵を描いている人、三食の食事のメニュー名だけ書いている人、たくさんいた。中には短歌を詠んでいる人もいた。
……こいごころ、を、書いてる、人、とか。
「悪趣味よね。でも、うん、読んで欲しかったんじゃあないのかな。私は、そう感じる」
「あたしも読んでみようかしら。ねぇ、浪上さん、イイコト教えてあげる。あなたのお母様、この学校出身で、美術部部員だったのよぅ」
ぱたたたた、誰かのスケッチブックが風に煽られる。いつもの窓際の席に座った私と、机に手をついて私の方にかがみ込んでいる七月さん。窓の外から桜の花弁が何枚か入ってくる。
「きっとご存知とは思うけれど。浪上さん、ねぇ、この中に、あなたのお母様の日記はないかしら?」
「……どうだろうね」
ぱたん。開いていた日記帳を閉じた。桜の狂い咲き。あの雨の日にすべて桜は散ると思っていたのに、今だ満開の桜は、いったいどういうことなのだろう。時空でも歪んでいるんじゃないんだろうか。
「あらあら、もしかして、もう見付けちゃったとか?」
「ううん」
薄い色の唇が、笑みの形に歪む。芝居がかったわざとらしいうつくしさで、彼女は可愛らしいかんばせを歪ませる。なにがそうさせたの。なにがあなたを可愛らしいだけの少女でいさせてくれなかったの。七月さんの頬に触れようとして、やめた。
「この部出身だったのは、シスターに聞いてたけど。でも、母の日記帳は探していない。そんなの、残すような人でもないと、思って」
「そぉ?」
にこっ、とやはり壇上にいるかのような笑み。猫のような静かな歩き方で七月さんは自分のカンバスの前に座る。私はまた、日記帳を開く。
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