きっと月はどこかの向こう。

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だんッ、と思いっきり机を叩きました。 「それはどういう意味ですか!わたし以外にも、わたしたち以外にも子どもがいると言うのですか!?にいさん、にいさん、どういうことですか!」 「おぼろ、近所迷惑だよ。静かに」 兄はふわりといつものように笑いました。机を叩いた手が、じんじんと痛みます。 「これが黙ってられるというのですか!?にいさん、わたしはかあさんが大嫌いで大嫌いでしょうがないですが、これまでかあさんを探したり積極的に恨んだりしなかったのはですね、かあさんがわたしたち以外に子どもを作っていないだろうと思っていたからなのですよ!」 「おやおや、何故そんな風に思っていたんだい。どうせあのかあさんだ。立ち去って十数年以上経つというにまだ町の人々に噂される淫売のかあさんが、二人しか子どもを作っていないとでも?」 「だって、にいさん、月の名前を持つのはわたしたち二人しかいないではないですか」 「そうだね。あの人は、僕らのかあさんは、自分の子どもたち全員に月の名前を付けた」 とん、と兄が机を指先で軽く叩きました。 「僕がいっとう最初。繊月。次は三日月のミカ。その次は弓張り月のユミ。次、近畿の畿に、望むでキボウ。その次がモチヅキ。そして君、朧月」 「……」 「ねぇ、おぼろ」 ふわり、と、兄、が、笑い、ます。 「かあさんと、会ってみる?」        * 初めて乗る電車は、案外空いてました。 「……」 とんっ、と座席から軽く飛び降りて、ポシェットを肩にかけました。 「……生まれて初めてかあさんに会いに電車に乗るというのに一人で行かせるだなんて、案外にいさんは鬼畜ですね」 ぷぅっと頬を膨らませてみたり。とどのつまり暇なのです。始めこそ珍しさにひっそりわくわくしていましたが、流石にひとりでただ電車に乗ってるだけとなると退屈になってしまいます。
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