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「……嫌になりますね」
じろじろと、じろじろと。注目を集めていることだけは確かでした。嫌になりますね、嫌になりますね。地元でもこんなことはしょっちゅうですけれど。
はぁ、とため息一つ。止まった電車から降りたら、ぐらぐらと地面が揺れてるような錯覚に陥りました。
「……ああ、」
いや、わたしが揺れたのか、
「かあさん……!」
「……おぼろじゃあないの」
ぶわっ、と冷たい風が吹きました。
冷たい風が、わたしとわたしとそっくりな女の人の髪の毛を盛大に巻き上げて、何処かへ行きました。
*
「……馬鹿ね、なんで来たの」
「……別に、理由なんているんですか」
「理由くらい聞きたいわ。あたし、あなたと会うつもりなんてなかったのに」
「かあさんなのに」
「今生のお別れはとうの昔にしたわよ」
ばちっ、とコートに触れた指先に静電気が走りました。ぴっ、と指を振って、痛みは、はい、さようなら。
「かあさん」
「なによ」
「何処に行ってるんです?」
「馬鹿ね。そんなことも知らないで着いてきてるの?変なところに連れ込まれたらどうするの」
「まぁ。かあさんですからね。信じてますよ」
「あら、あたし、あなたのかあさんなんかじゃないわ」
「あら、その顔で言います?」
くるり、と母が振り返りました。白いコートと黒くて長い髪の毛が広がって、ああ、わたしのこの黒髪は母の遺伝だったのね、みたいな。
「その、顔で!あなたがわたしのかあさんではないと言うなら、わたし、あなたを刺し殺します!」
「物騒なことを言うんじゃないの。馬鹿ねぇ、おぼろ。あたしなんか殺したって、なんにもならないわよ」
「あなたがわたしの視界から消えるというだけでわたしは幸せなので」
ふふ、と笑ったら、そっくりな調子で、母もふふ、と笑いました。
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