きっと月はどこかの向こう。

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「……それにしてもおぼろ、あなた、変な喋り方するのねぇ。もっと子どもらしく喋ればいいのに」 「生憎身の回りに赤の他人しかいなかったので、タメ口なんて出来ないんですよ」 「……ヤな子ぉ」 「……ヤなかあさん」 ふんっ、と唇を尖らせる仕草も、軽やかな歩き姿も、 「本当にあなた、淫売なんですね」 「今更、どうして?」 「すべての仕草で男を誘ってるんですもの。最低」 「あたしの業だもの」 ふいっ、と母が角を右に曲がりました。とたとたと着いていったら、すでに二階建てアパートの階段を登っていました。 カンカン、と甲高い音を立てる階段でした。 「おぼろ、五段目、壊れてて不安定だから気を付けて」 「はい」 ちょうど足をかけようとした五段目の階段をひょいっとまたいで、母の赤いピンヒールを睨み上げながら階段を登ります。 「……かあさん!」 「なによ」 「かあさんは、この街でもハルを売ってるんですか」 「……細かいことは部屋に入ってから言いなさい。寒いんだから、コーヒーの一杯くらいはご馳走するわ」 かちん!と威勢のいい音を立てて、母の手の中で扉の鍵が開きました。階段を上がってすぐのところで立ちんぼになっているわたしを見て、母がくすりと笑いました。 「なにやってるの?入って」 「あの、」 「はやくなさい。わからないの?馬鹿ね」 「さっきから黙っていれば簡単に馬鹿馬鹿言ってくれますよね」 だっ、と大きく歩いて閉まる寸前の扉に爪先を滑り込ませました。 「ふざけないでくださいね。わたし、町でいっとう賢い子なんですから」 「望月と同じこというのね」 望月。顔も知らない、わたしの兄だか姉。 わたしの知らない罪の血統。
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