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「そっか、望月もあなたも父さんは先生だったわね……入って、はやく。寒いのよ」
「……はぁい」
ドアをぐい、と押しのけたらぎいっと耳障りな音がしました。
「靴は適当でいいから。コートはそこのハンガー」
「結構です。長居するつもりはないので」
「寂しいこと言わないで」
「寂しいこと!?」
悲鳴のような声が、思わず、
「寂しいこと、寂しいこと、寂しいことですって!それを、捨てた実の娘に!」
「煩いわねぇ。大声はやめて」
「あなたがわたしに命令する権利があるとでも思ってるんですか!」
「あるわよ」
薄暗くて、寒くて、狭くて、
そんな部屋でも、彼女はうつくしい。
「あたし、残念だけど命令するのとても得意なのよ」
「……うっざぁ」
「あらやだなにその言葉遣い!繊月はどんな教育をしたのかしら!」
「にいさ……兄はわたしをここまで育ててくれました。あなたとは、違って!」
「……」
母は黙って窓を開けました。狭いフローリングの部屋にびゅうと冷たい冷たい風が吹きました。
「……そうね、あたし、あなたたちを捨てたんだわ」
くるり、と軽やかなターン。泣きそうな顔で笑った母は、開け放した窓の枠に座ります。
「ちょっと、ここ二階――」
「あたしは、あたしよりうつくしい人を見たことがないわ」
「……」
こくり、と息を飲みました。
わたしだって、今日初めて見た母よりうつくしい人を見たことはないのです。
「ねぇ、おぼろはあたしみたいな商売してる女は嫌いでしょう」
「……ええ、勿論です」
「どうして?」
「子供を捨てるだなんてしなきゃいけなかったんでしょう?男にハルを売るときに邪魔だから」
「あら。邪魔な訳ないじゃない。あたし、昼間のお仕事で生計立てれるのよ?」
「……戯れ言を。なら、今は、なんで」
「だってねぇ……」
びゅうびゅうと風が吹きます。母が不安定に揺れました。二階から落ちてしまったら、命はあってもただでは済まないでしょう。しかし、母は、母は、穏やかに笑います。
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