1人が本棚に入れています
本棚に追加
黙々と猫の後をついて歩く。どれくらい歩いただろうか。差した傘が重くなってきた。不意に猫がこちらを振り向いて、にゃあと鳴いた。その鳴き声にはっと我に返る。
猫ばかりを追いかけて地面ばかりに向けていた視線をふとあげると、いつの間にか木々に囲まれていた。
どうやら気付かないうちに家の裏の山に入ってしまっていたようだ。日も傾いたのだろう、ただでさえ暗かった空がさらに暗くなっている。
どれだけの時間集中して小汚い猫を追いかけていたというのか。自分の行動の馬鹿さ加減に呆れた。
一体この猫は自分をどこへ連れて行きたかったのか。
3尺先の地面に視線を戻すと、そこにはもう猫の姿はなくなっていた。
猫に見放されたように思えて少し物悲しくなる。
夕暮れ時の散歩を楽しんだんだ、と自分に言い聞かせて帰ることにした。
さて帰ろう、と山を下りようとして、固まった。
ここは、どこだ。
家がどこにあるのか、どちらから来たのか、分からない。覚えていない。地面の足跡はとうに雨で流されてしまっている。
まさか、この齢で迷子になるとは。
この裏山は僕の庭のようなものだ。幼い頃は毎日のように駆けまわって遊び、今でも毎年のように山の幸を採りに足を運んでいる。
それだというのにここが裏山のどこなのか、そもそもここは僕の知っている裏山なのか、それすらも分からない。知らない景色ばかりが広がっている。
いや、むしろ僕の知っている裏山に似すぎている。僕の知っている裏山と木々も植生も鳥や虫の呼吸もそれらすべてが似ていて。それなのにまるで僕の知っている裏山の全てを平均したかのように特徴がない。山頂と麓近くでは異なる表情をしているはずなのに。北側と南側では違う表情を見せるはずなのに。
気持ちが悪い。ありとあらゆる裏山の特徴を僕の視界の範囲にすべて収めてしまったかのような、そんな不自然さだ。
まあ、小さな山だ。斜面の下へ向かって歩けば知っている所に出るだろう。
この山の不自然さには気づかないふりをして、そう軽い気持ちで麓と思わしき方へ足を向けた。
山を下っているはずなのに、いつまでたってもどこの村が見えない。さすが鈍くは焦り始めた。
その時だった。どこからか歌が聞こえてきたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!