ある雨の日に

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  山一つ、三甫のお山に手を伸ばそ   川二つ、小川さらさら泳ごうか   池三つ、翠の水面に笹浮かぶ   村四つ、みんな畑を耕して   森五つ、決して入ってならぬ森   還らぬ人となりぬれば  それはこのあたりの村に伝わるわらべ歌だった。少女と思われる高く澄んだ歌声も、暗い山の中では不気味に響いた。  幼いころから聴きなれた歌のはずなのに、僕自身の未来を暗示しているかのようにも聞こえ、恐ろしくなる。    ――決して入ってならぬ森。帰らぬ人と、なりぬれば。  まさか、僕は――――。  いや、そんなことあるはずがない。  そう気を取り直すと、僕はその声のする方へと足を進めた。子供を保護しなければならないという使命感を胸に。    歩けば歩くほど歌声は大きくなる。  ちらり、と目の端に赤いものが走った。そちらを振り向くと、小さな女の子がいた。大きな木の洞で雨宿りをしている。  女の子は色褪せた着物をまとい、ぼろぼろの鞠を大事そうに抱え持っていた。 「こんなところでどうしたの?」  僕は少女を驚かさないよう優しく声を掛ける。  歌っていたのが人間でよかったよ。幽霊だったらと思うと背筋が凍る。 「あなたは、だれ? 神さま?」  少女はこてんと小首を傾げた。 「僕は、――。麓の村に住んでる人間だよ。君の名前は?」 「――」  僕を警戒する様子もなく、しょんぼりして答えた。 「――ちゃんは、どうしてここに?」 「長さまにここで神さまをお迎えするようにいわれたの」 「神様を?」 「ここでずうっと待っていたら神さまが迎えに来てくださるんだって」 「長様がそういったの?」  こくりと少女は頷いた。  そうか、しょんぼりしたのは僕が神様でないと言ったからか。 「神さまを村にお迎えできたら、もうわたしをいじめないって約束してくれたの」  つまりは、孤児の口減らしか。この子をここに捨てて行ったのだろう。少女はその長の言葉を疑うこともせずにカミサマを待っている。  なんと酷いことを。  だが僕にも、僕の村にもこの子を養えるような余裕はない。結局は僕もその長と同じだ。ここに捨て置くしかない。
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