ある雨の日に

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「でもね、神さまをお迎えすると、神さまをお迎えするまえには戻れなくなるんだって、長さまがいってたの」  氷水を浴びせられた。  そうだ、死ぬとはそういうことじゃないか。    ――還らぬ人となりぬれば  そうだ、それじゃあ、僕は……。 「どうして戻らなきゃいけないのか、よくわからないの。だってお宮に招かれれば、いまよりも幸せになれるのに」  それは、命を落とすということだからだよ。死んでしまったらもう、生きることはできないんだ。  だから、僕は……。 「それじゃあ僕が君の代わりに、神様の宮に行かなかったらどうなるかを経験して教えてあげるよ」 「あなたが、わたしの代わりに?」 「そう、僕は君と同じ目をしているのだろう? だから僕が君のするはずだったことを全部やって、そして君に教えてあげるよ」  少女は僕の言葉に目を輝かせる。 「ありがとう。じゃあわたしは、神さまのお宮のお話をしてあげるね」  微笑んで僕はありがとう、と言った。  少女を騙しているようで胸が痛んだが、その軋む音に気づかないふりをして、一歩少女から離れた。 「もう僕は行くね」 「まって」 「何?」  少女は鞠を差し出してきた。よほど思い入れがあるのか寂しそうな顔をしている。 「これ、あげる」 「いいのかい? 大切なものなのだろう?」 「だから、やくそく。ちゃんと教えてね」  じっと僕を見つめている。  少女はもしかしたら気付いているのかもしれない。神の宮へ行くということは、死であるということを。 「分かった」  僕は少女としっかり目を合わせると、その鞠を受け取った。  これが、形見ということか。   「じゃあね。ばいばい」 「うん、またね」  そうして僕らは別れた。  雨は、いつの間にか上がっていた。
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